4億円の資産のほかに祖母が受け継いでいたもの
静江さんが保有していた金融資産の大半は、現金ではなく個別株でした。しかも、そのほとんどが数十年単位で保有されている国内株式。食品、通信、商社、小売、インフラ関連など、数十銘柄に分散投資されており、なかには祖父が亡くなったころから持ち続けている銘柄もありました。
健太さんが目を見張ったのは、その運用状況です。株主優待を利用して外食や買い物を楽しみ、配当収入だけで年間数百万円を受け取っていた様子。そして、その配当金で再び新たな株式投資を行って資産を拡大することを祖母は何十年も続けていました。「老い先短いからね」なんて気弱なことをたびたび口にしていた祖母からは想像もつかない事実に、健太さんは面喰ってしまいました。
ノートには細かい字でびっしりと、「この会社は高齢化で需要増」「不況でも利益率が落ちにくい」など、銘柄ごとになぜ長期で成長が期待できるのか、その分析が記載されていました。静江さんは亡くなる直前まで新聞や会社四季報を読み、投資先を研究していたのです。
「ばあちゃん、プロだったのかよ……」健太さんは思わず呟きました。
家族はノートを読んでも内容が難しく、ほとんど理解できませんが、売らずに長期で保有することと、株式を売らずとも相続税を支払えるように、納税資金の準備のために生命保険も活用しており、納税資金は十分に確保されていました。
健太さんは祖母の資産の2分の1を代襲相続することになりましたが、その株式配当だけでも年間約300万円になる見込みです。あとからわかったことですが、静江さんの対策は、自身の死後だけに留まりませんでした。祖母は亡くなる直前まで元気で自立して生活できていたため、利用することなく済みましたが、自分が認知症になった場合に備え、任意後見契約までしっかり準備してあったそうです。
老い先短いと語っていた人生のなかで、静江さんが最後に挑んでいたのは、自分の死後も、家族が困らず、資産が育ち続ける仕組みを作ること。
その完璧すぎる準備に、家族はただただ唖然としてしまいました。
相続の「理想形」
相続対策は残された家族が困らないようにすることが重要です。相続人同士でトラブルにならないよう、「誰に、いくら相続させるのか」を決めておき、相続税が発生する場合には納税資金をどう確保するかを考えておく必要があります。特に、資産家の場合、相続税の問題は避けて通れません。
不動産や配当などの、継続的に大きな収入が期待できるような遺産の場合、手元にお金がない状態でも、高額な納税資金を準備しなければならないケースもあります。
静江さんのケースが理想的だったのは、単に資産を遺しただけでなく、以下の3点を網羅していた点です。
・遺言書によるトラブル防止と、保険による納税資金の準備。
・「なぜこの会社を選んだのか」という投資思想をノートで伝え、次世代が迷わず長期保有できる土壌を作った。
・自身の保有目的を(ノートを通じて)家族に明確に伝えていた。
特筆すべきは、自分が選んだ株式について「なぜ長期保有するのか」「どういう視点で会社を見るべきか」なども細かくノートに残し、自分の死後も家族がそのまま長期保有できる形を考えていたという点です。自分が夫(健太さんの祖父)の相続で苦労をしたことから、家族に二の舞にさせないためだったのかもしれません。
相続は法律、税金を網羅した戦略を考え、保険商品の機能、さらには金融資産運用に関する知識が必要になり、対策するかしないかでは結果が雲泥の差になるものです。静江さんのケースは、理想に近い財産の承継だったといえるでしょう。
資産に責任を持ち続けるということ
国税庁の「令和5年(2023年)分 相続税の申告事績の概要」によると、2023年分の相続税申告件数は約15万5,000件。被相続人の約9.9%が相続税の課税対象となっています。高齢化と資産価格の上昇により、相続問題はいまや一部の富裕層だけの問題ではありません。
株式などの金融資産の相続は、不動産以上に「みえにくい資産」であることも多く、家族が内容を把握できないまま混乱し、最悪の場合、相続税が払えずに相続放棄するようなケースも散見されます。
静江さんのように、資産の所在を整理し、遺言や納税資金、認知症対策まで準備しておくことで、家族の負担は大きく変わります。そしてなにより印象的なのは、ご自身で考え、自分の資産に責任を持ち続けていた姿勢でしょう。
小川 洋平
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