(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢の親の住まいをどうするかは、多くの家族にとって避けて通れない課題です。転倒や体調悪化のリスクを考えれば、見守りのある環境へ移ることは合理的な選択に見えます。一方で、住み慣れた場所を離れることは、本人にとって大きな負担にもなります。安全性と生活の実感は必ずしも一致せず、その間で家族が判断を迫られる場面も少なくありません。

「みんな優しいけど落ち着かない」母の言葉に揺れた気持ち

施設の環境は整っていました。食事は用意され、掃除も行き届き、スタッフも丁寧に対応してくれます。

 

「これで安心できると思いました。やっと肩の荷が下りたような気がして」

 

しかし、その安心は長く続きませんでした。入居して数日後、和枝さんから電話がかかってきます。

 

「ここは悪いところじゃない。でも、落ち着かないの」

 

その言葉に、美奈子さんは戸惑ったといいます。

 

面会に行くと、母は穏やかに話すものの、どこか表情が固いように見えました。部屋はきれいに整えられている一方で、どこか生活感がありません。

 

「安全ではあるけれど、“自分の場所”ではないと感じているのかもしれないと思いました」

 

内閣府『高齢者の住宅と生活環境に関する調査(令和5年度)』では、多くの高齢者が現在の住まいに住み続けたいと回答しています。住み替えは物理的な安全性だけでなく、生活の連続性や心理的な納得が伴うかどうかが重要とされています。

 

美奈子さんは、施設に入れたことで問題が解決したと考えていた自分の認識に揺らぎを感じ始めました。

 

「安全な場所にいれば、それでいいと思っていました。でも、それだけでは足りないんだと」

 

入居から数ヵ月が経った現在も、和枝さんは施設で生活を続けています。大きなトラブルはなく、日常生活も安定しています。それでも、美奈子さんの中には迷いが残っています。

 

「本当にこれでよかったのかな、と思うことはあります」

 

とはいえ、在宅での生活に戻す現実的な選択肢があるわけでもありません。転倒リスクや医療面の不安を考えれば、施設での生活が合理的であることも理解しています。

 

現在、美奈子さんはできるだけ頻繁に面会に通い、母との時間を意識的に確保しています。外出できる日は一緒に近くを散歩するなど、施設の外で過ごす時間も大切にしているといいます。

 

高齢の親の住まいをめぐっては、環境を変えることで得られる安心と、失われるものの両方を抱えながら、その後の関わり方を調整していく必要があります。

 

「あのときの選択を正解にできるかどうかは、これからの関わり方にかかっているのかもしれません」

 

美奈子さんは今も、その問いと向き合い続けています。

 

 

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