〈消費〉という追手の正体
私たちがつい必要以上の商品を買ってしまうのは、その商品が単なるモノではなく「社会的地位」「理想の自己像」「他者からの承認」という記号としての意味をもっているからです。SNSから離れられないのは、そこが現代における最も効率的な「記号消費の場」だからです。
問題は、そのような記号の消費によって私たちが心からの満足を得ることが難しく、常に「次へ次へ」と急かされてしまうことです。このような状況では、私たちが何かを「ほしい」と思っても、それが本当に自分にとって必要な「真の欲求」なのか、他者によって作り出された「偽の欲求」なのかがわからなくなってしまいます。この「自分のほんとうの欲求がわからない」という引き裂かれた混乱状態が、消費という追手の正体なのではないでしょうか。
この追手から逃れるための第一歩は、何かを「ほしい」とか「したい」と思った心と少し距離を置き、「それは本当に自分の欲求か?」を自分自身に問いかけることです。普段買っているものやSNSに費やしている時間の5%でも10%でもこの区別によって削ぎ落とすことができたなら、小さな心の余白が現れてくることでしょう。
品川 皓亮
株式会社COTEN 歴史調査チーム
