調査する側も極度の緊張を強いられる「無予告調査」
コメの現場が過酷なゆえに、配属される職員も税務署のなかでとりわけハードワークを強いられる特別管理部門(トクチョー、税務署のなかで不正計算が想定される事案を担当)や繁華街担当部門(ハンカ・トクチ、風俗などの現金商売担当)といった部署から這い上がるケースが多い。悪質事案の経験を積み、無予告調査に必要な機動力や洞察力に長けている者を即戦力として吸い上げているのだ。
「ハンカ」は私も経験があるが、新宿、渋谷、銀座、新橋、横浜などの歓楽街を管轄する8つの税務署にのみ設置されている。飲食店や風俗店をターゲットとし、全件無予告で臨場する。無予告なので、当然、トラブルがつきものだ。
コメの場合、国税局という看板があるので相手もしぶしぶではあっても折れやすいが、税務署となると、舐めてかかられることも少なくない。入り口で揉めることが多く、それが調査官にとってはストレスになる。私の相方は、調査着手前に頻繁に下痢を起こしていた。調査を受ける側と同じように、調査をする側も極度の緊張を強いられるのが無予告調査なのだ。
昼間も現場に足を運んで調査することはあるが、本番は夕方5時以降。私服に着替え、夜の街へと繰り出す。
1件目は飲食店や居酒屋を調査し、時間を見ながら風俗店に潜入、夜が更けるとクラブ、スナック、キャバクラ、外国人パブなどを攻めるというのが基本的な流れだ。夜中から朝までは、税務署の人間は内観調査になどこないだろうと舐めているととんでもない。はやっている店舗については、閉店後の人や金の動きまで追跡するのがハンカの役割だ。
事前調査の段階では客を装って店に入ることもある。そうなると飲み食いしないわけにはいかないので、どうしても過食気味になる。太って尿酸値が上がるうえに、風俗店の場合は、運が悪いと性病をうつされることもある。文字どおり過酷な現場だ。
豊富な現場経験により、コメでも即戦力として活躍
なかでも風俗店は、手強い相手が多い。客として入ったり、店の前に張りついて入客数をカウントしないと、本当の売り上げが見えてこない。たいていはどの女の子にどういうお客さんがついたなどをリスト表にしているので、まずはそれを探す。
また風俗店の場合は、売り上げをどこに持っていくかを見極める必要がある。税務署に提出しているような資料にはA社の誰々と書かれているが、本当のオーナーは違うことが多い。
店舗にいるのはほとんどが雇われ店長なので、閉店後に必ずキャッシュをどこかに持っていく。夜間金庫に入れる場合もあるが、それだと売り上げがわかってしまうので、オーナー直属の事務所に持ってこさせるのが一般的だ。その事務所がどこにあるかを把握するために後をつけるのだが、彼らが運転するクルマはベンツやクラウンが多く、馬力があるので、公用車でついていくのはなかなか難しい。
苦労してようやくその事務所を突き止めても、証拠を隠滅されていることが多い。お互い、何十年という歴史のなかで調査したり、されたりの関係なので、向こうも隠すことにかけてはプロ。しかも現金商売なので、隠されたら見つけるのは容易ではない。
ハンカ勤務時代はかなりきつかったので、それがトラウマになっている。いまだに担当した地区の繁華街は歩きたくない。当時、やり合った調査関係者に会うと、何を言われるかわからないからだ。
しかしこうした現場を経験していると、コメにいっても即戦力として活躍できる。8つの税務署のハンカを経験したなかから数人は、毎年必ずコメに上がってくる。そういう厳しい現場で鍛えておかないと、コメでは即戦力として使えないのだ。
そしてコメで活躍できれば、1年間で税務署での数年分以上の経験ができる。具体的な業務内容については次章(※書籍参照)で紹介するが、コメのノウハウは、賛否両論はともかく、国税職員に不可欠の技術だ。
余談だが、ハンカにいると風俗店で使われている隠語についても詳しくなる。風俗店では客の数を「1本」「2本」と数えるが、これは何も性器のことを表しているわけではない。昔の遊郭では、線香を立てて、それが燃え尽きるまでを客との行為に及ぶ時間とした。つまり、線香がタイマーの役割を果たしていたのだ。それを数えての「本」だったのだ。「バンス」なんて言葉もある。風俗嬢が店から前借りすることだが、英語の「アドバンス」が由来のようだ。どうでもいい話だが。