お金はあるのに生活が回らない現実
恵子さんの死後、最初に健一さんが直面したのは、家計や金融手続きに関する戸惑いでした。公共料金がどの口座から引き落とされているのか分からず、暗証番号もうろ覚えで、銀行の窓口に何度も足を運ぶことになります。
恵子さんがつけていた家計簿は残されていましたが、これまで内容を確認したことがなかったため、どの数字が何を意味しているのか、よく理解できません。
さらに深刻だったのは、日常生活そのものです。ゴミの分別方法が分からず、回収日に出しそびれることが増え、袋を開けられて戻されることもありました。台所には洗っていない食器が溜まり、冷蔵庫には同じ総菜がいくつも重複して入っている状態に。掃除や洗濯の手順が身についていないため、家の中は徐々に雑然としていきます。
大輔さんのすすめで家事代行サービスを月2回利用することになりましたが、整うのは一時的でした。生活を維持する習慣そのものが欠けているため、数日経つと再び散らかってしまうのです。
見た目にも変化が現れます。髪や衣類に気を配らなくなり、外出も減少。近所で見かける健一さんは「どこか薄汚れた高齢男性」という印象になっていました。
健一さんは食事を作る意欲が湧かず、コンビニ弁当で済ませる日々。その結果、血圧も不安定になるだけでなく、体重減少や筋力低下などで体力が衰え、通院回数が増えていきました。
現役時代は「自分のおかげで家族が幸せに暮らせている」と自信満々。定年後も恵子さんが生きていた頃は元気いっぱいだった健一さんでしたが、もはや見る影もありません。「なんで先に逝ってしまったんだ……」恵子さんの遺影に向かって、弱弱しく語りかけるようになっていました。
男性が陥りやすい「ぽっきり折れる」老後
配偶者を失った後、男性の方が生活適応に苦労する傾向は少なくありません。家事経験が乏しく、地域の人との接点も薄い場合、孤立が急速に進みます。
いわゆる「追っかけ死」と呼ばれる現象も、統計的に男性に多いことが知られています。長年、妻に精神的・実務的に依存してきた場合、その喪失感は生活基盤そのものを揺るがすのです。

