「若い頃の暮らしって、身体に染み込むんですね」
由美さんは節約を勧めたことがあります。
「電車にしたら?」「ランチ回数を減らしたら?」
恵子さんは首を振りました。
「それをやめたら、楽しみがなくなる」「年を取ると、生活を変えるのは怖いのよ」
恵子さんにとって、外出や食事は単なる消費ではありませんでした。社会との接点であり、自分らしさの維持でもありました。
「節約すると、自分が小さくなる感じがするんです」
生活水準は経済条件だけでなく、自己認識とも結びつきます。長年続いた消費行動は、習慣化しやすく変更が難しいとされています。
高齢期の家計問題は「収入不足」と語られがちですが、実際には生活水準の固定化が影響することもあります。特に都市部の単身高齢女性では、現役期の生活スタイルが継続しやすい傾向が指摘されています。
恵子さんも、自身の暮らしを「特別」とは思っていませんでした。
「みんな普通にやってるでしょう?」
しかし貯蓄は、確実に減っていました。夫の遺産を含め約2,000万円あった金融資産は、10年で半分以下になっていました。
ある日、由美さんは母の家計簿を見せてもらいました。そこには、毎週のように同じレストラン名とタクシー利用の記録が並んでいました。
「変えられないんだな」と感じたといいます。
「分かってるんです。減らさないといけないって」「でも、今さら違う暮らし方が分からない」(恵子さん)
老後の生活設計では、収入額だけでなく生活水準の調整可能性も重要になります。現役期の支出構造が固定化している場合、年金生活への移行は心理的にも実務的にも難しくなることがあります。
恵子さんは静かに言いました。
「若い頃の暮らしって、身体に染み込むんですね」
年金22万円は平均以上の水準です。それでも足りないと感じる背景には、収入ではなく生活水準の慣性がありました。
老後の家計は、収入額とともに“どんな暮らしに慣れてきたか”で形が決まります。生活水準は簡単には下がらず、やがて家計を縛っていくのかもしれません。
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