「お前が細かいんだ」すれ違いの積み重ね
お金の問題は、やがて言葉の問題になりました。由紀子さんは、ただ不安だっただけです。病気になったら? 介護が必要になったら? そのときお金は足りるのか。
けれど正男さんはこう言いました。
「そんな先のこと、考えても仕方ないだろ」
“仕方ない”の一言で、話し合いが終わってしまう。由紀子さんの中に、静かに疲れが溜まっていきました。
ある日、由紀子さんは市の相談窓口でパンフレットを見ました。高齢者向けの住まい、家賃補助、生活支援。そこに「DV・モラハラ相談」の案内もありました。
「暴力じゃないから関係ない」と思っていたのに、“お金を渡さない”“生活費を勝手に使う”も支配の形になり得る、と説明がありました。
家に戻って、由紀子さんは初めて口にしました。
「別々に暮らしたい」
「は? 今さら何言ってんだ」
正男さんは笑いましたが、由紀子さんは笑えませんでした。
別居先は、駅から遠い小さな賃貸でした。家賃は4万円台。年金11万円から払えば厳しい。それでも由紀子さんは言います。
「家計は苦しい。でも、心が静かになりました」
朝、誰の機嫌も伺わずに起きる。食べたいものを作る。電気をつけても怒鳴られない。——それだけで、生活が変わったのです。
正男さんは「戻ってこい」と言いませんでした。代わりに、娘から電話が来ました。
「お母さん、無理しないで。相談しながら決めよう」
別居は、夫婦関係の問題だけではありません。生活を分ければ住居費が二重になり、家計は確実に厳しくなります。さらに、婚姻関係が続く場合でも、生活費の分担(いわゆる婚姻費用)や、将来離婚するなら年金分割など、制度の理解も必要になります。
「私は贅沢がしたいんじゃない。“穏やかに暮らしたい”だけなんです」
年金生活の現実は、数字の足し算だけでは測れません。限られた収入の中で、価値観が合わない暮らしを続けることが、最も高くつく場合もあるのかもしれません。
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