性別分業は「形づくられたもの」
こうした社会的背景の中、60年代は、若い世代の女性を中心に、これまでの性別分業のあり方を疑問視する人が増え、社会を変えることで、男女問わず自らの力を生かせるようにすべきだ、という声が次第に高まった時期でもある。
彼らの主張の基本にある考え方は、男性らしさや女性らしさといった性差は、生まれ持った生物学的特徴ではなく、周囲が自分に期待し課してきた社会規範に適応することで形づくられてきたものだ、という考え方だった。このため、男性が稼ぎ、女性が子育てや家事を担うという性別分業も、社会規範や社会制度・政策を変えることでなくしていけると考えた。
彼らが理想として掲げたのは、男性と女性がともに家庭外では働き、家庭内では家事と育児を分担する社会、そして、女性が男性に依存することなく経済的に自立できる社会。その実現に向けて世論を喚起していった。
60年代後半に高まった「夫婦2人が稼ぐ社会」の追求
60年代後半は、ベトナム反戦運動やアメリカの公民権運動などの影響を受けて、世界中で若い世代が既成の社会構造を批判する運動を起こしていた。男女平等を求めるスウェーデンでの運動も、そのうねりの中で大きな声となっていった。
社会民主党やリベラル政党の中でも、これらの運動に呼応する形で、女性の労働環境の改善と男女間の賃金格差の是正を求める声や「夫婦が2人で稼ぐ社会」を追求する声が高まっていった。
男女平等に欠かせない男性の「変化」と「責任」
政権党であった社会民主党は党内外のこれらの声を無視できなくなった。そこで、69年から首相となったオロフ・パルメ氏は、男女平等を国の主要な政策課題の一つとして位置づけ、改革に着手したのである。
パルメ首相は、72年に内閣直属の男女平等諮問委員会を設けることを決めたが、その際の演説の中で「男女平等のためには、女性に関する条件の変化だけでなく、男性に関する条件の変化が求められる。そのような変化によって、女性の雇用機会を充実させ、男性にも家事や育児の責任を担わせる必要がある」と述べた。
このように、スウェーデンではこの頃から、男女平等の実現には女性だけでなく男性の変化と責任も必要だという考えが明確に示されていた。
女性を取り巻く環境を変えたり、女性にばかり変化や努力を求めたりするだけでは不十分だということである。
佐藤 吉宗
SEB
シニア・データサイエンティスト
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