なぜ「遺言」は無力だったのか
なぜ、このような悲劇が起きたのでしょうか。法的に見れば、銀行の対応は正解です。遺言書はあくまで「死後の財産承継」を決める書類であり、生前の財産管理をする権限を誰かに与えるものではありません。
ここに、多くの方が陥る「認知症対策の空白期間」があります。
1.元気なうち:本人が自分で管理できる。
2.認知症発症〜死亡まで:【ここが空白!】本人は判断できず、遺言も効力がない。
3.死亡後:遺言書の効力発生。
修造さんは、3の準備は完璧でしたが、2の期間のリスクを考慮できていなかったのです。
「運命の分かれ道」はどこだったのか
もし、時計の針を「3年前」に戻せるなら、私は洋介さんにこうアドバイスします。「お父様が遺言書を作ると言い出したそのときが、最大のチャンスです」と。
修造さんが「遺言書を作ったから安心だ」といったそのとき、洋介さんが一言、こう切り出していれば、未来は変わっていました。
「父さん、これで『万が一のとき』の準備は完璧だね。さすがだよ。でも、父さんには長生きしてほしいから、『生きているあいだのこと』も考えておかない? もし将来、銀行に行くのが億劫になったりしたときのために、『家族信託』も一緒に準備しておくと、もっと安心みたいだよ」
家族信託(民事信託)という解決策
ここで登場するのが、「家族信託」です。これは、元気なうちに資産の管理権限を信頼できる家族(この場合は洋介さん)に移しておく契約です。
もし3年前に、遺言とセットで家族信託契約を結んでいれば、以下のような運用が可能でした。
財産の名義:形式的に「委託者(修造さん)」から「受託者(洋介さん)」に変更される。
管理権限:修造さんが認知症になっても、受託者である洋介さんの判断で、父のために預かったお金を堂々と使用し、施設費用を支払うことができる。
承継機能:「父が亡くなったら資産は洋介へ」と定めておけば、遺言と同じ機能も果たせる(遺言代用信託)。
「遺言」が点(死亡時)の対策だとすれば、「家族信託」は線(生前から死後まで)の対策です。特に今回のような「預金凍結」を防ぐには、家族信託が最強の処方箋だったのです。
