「投資される側」になる勇気
ドラえもんのひみつ道具の中には、すでに実用化されたものもある。
その一つが「オコノミボックス」だ。
テレビやカメラ、音楽プレーヤーなど、さまざまな機能を持った箱型の道具で、声をかけると好きな機能に変身する。
学生時代の僕は、こんな道具があればいいなと夢見ていた。1990年代、音楽を聴くのはウォークマン、映画はレンタルビデオ、写真はフィルムで撮影し、情報はテレビか新聞、雑誌で得ていた。どれも日本製品が主役の時代だ。
気づけば、「失われた30年」と呼ばれる時代に突入し、日本製品は生活の中心から次々と姿を消した。ウォークマンはSpotifyやApple Musicに、レンタルビデオはYouTubeやNetflixに置き換わった。写真撮影や情報検索も含めて、これらを一台で実現したのが、現代の「オコノミボックス」──iPhoneだ。
暮らしは飛躍的に便利になったが、その裏側で日本が得意とした産業は衰退していった。
GAFAをはじめとする巨大IT企業がアメリカで生まれたのは、投資が先にあったからではない。まず挑戦する人がいて、そこに後から、投資マネーが自然と集まったからだ。
マーク・ザッカーバーグは学生時代にFacebookを立ち上げ、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツも大学を飛び出して挑戦した。アメリカでは挑戦が尊敬され、失敗さえも経験として評価される。
今の日本はどうだろうか。
金融教育が盛んになっているが、起業や挑戦を後押ししているとは言い難い。
「投資とは資産運用をすること」と教えられるばかりで、「お金を融通し挑戦を支える」という金融の本質はほとんど教えてもらえない。そのため、「投資される側になる」という発想が育ちにくい。
もしスティーブ・ジョブズが日本式の金融教育を受けていたら──と想像するとゾッとする。「将来のために資産運用を」と考え、大学で起業する勇気を持てなかったかもしれない。iPhoneという「ひみつ道具」が誕生しなかった未来があったかもしれないのだ。
挑戦する人を育てず、投資商品の知識ばかり教えているだけで、本当に未来は豊かになるのだろうか。
日本には、出る杭(くい)が打たれる空気もある。2022年の開業率(新規に設立された会社の割合)は4%(※4)にも満たないが、1960年代にはほぼ10%を超えていた。(※5)
1969年に発表された「ドラえもん」第1話では、のび太の未来の姿をドラえもんが紹介するシーンがある。就職先が見つからなかったのび太は、自分で会社を立ち上げている。起業は、特別な人のものと思われがちだが、やる気さえあればのび太でもできたのだ。
誰もが起業する必要はないが、挑戦を温かく応援できる社会であってほしい。
出る杭を打つのではなく、出る杭を伸ばす。そんな社会なら、成長を取り戻せるのではないだろうか。
誰かの挑戦を、「自分には関係ない」と感じる人もいるかもしれない。しかし、その成功が、まわりまわって私たちの暮らしを変えていく。
ひみつ道具のような便利な商品も、商店街の焼きたてのパンの香りも、すべては、誰かの「やってみよう」から始まっている。
今日本は、新しいことを始める人にとって恵まれた環境だ。多くの人が「投資したい」と考えているからだ。
投資される側になる勇気さえあれば、チャンスはどこにでもある。
そして、もう一つ、私たちには「守るものを手放す勇気」も必要だ。
※1 本取引所グループ「売買高・売買代金等(株式・債券(2025年5月))」より。2024年のプライム、スタンダード、グロース、TOKYO PRO Marketの合計。
※2 日本取引所グループ「資金調達額(2025年5月)」より。株主割当、公募、第三者割当、新株予約権の権利行使、優先株式等の合計。
※3 アイ・エヌ情報センター「2024年度版 INDB 発行市場レポート(抜粋版)」2025年5月2日
※4 中小企業庁「中小企業白書(2024年版)」2024年
※5 >中小企業庁「中小企業白書(2020年版(HTML版))」(13表 会社の設立登記数及び会社開廃業率の推移)
田内 学
社会的金融教育家・作家
