銀行が隠す「お金が眠る」カラクリ
銀行員のセールストークに、思わず耳を疑ったことがある。
「今は金利も低いですし、預金口座にお金を眠らせておくのはもったいないですよ」
もっともらしい言葉だが、金融機関で働いていた僕は、心の中でつぶやいた。
「眠らせているのは、あなたたち銀行のせいでしょ」
そんな心の声など届くはずもなく、彼は投資信託のパンフレットを広げ始めた──そもそも「預金」という言葉自体が巧妙だ。「預ける」と言われると、あたかも銀行が大切に保管しているかのように勘違いしてしまう。
本当のところは、預金者が「貸している」だけだ。貸しているから利息がつくし、銀行が破綻すれば全額返ってこないこともある。貸金庫のように保管料を払っているわけではないから、文句は言えない。
もし本当にお金が眠っているなら、それは銀行が役割を果たしていないからだ。本来の銀行の仕事は、預かったお金を企業や個人に融資すること。しかし今は、企業も個人もあまりお金を借りない上に、銀行側の審査も厳しくなっている。
結果として、大量のお金が口座に滞留したままだ。
当時、「資産所得倍増プラン」を掲げた岸田政権が、「貯蓄から投資へ」と呼びかけてい
た。
「個人の預金が株式投資に向かえば、日本経済が活性化する」と主張する人もいるが、そこには大きな誤解がある。
私たちが株を買うときの代金は企業ではなく、その株を売ってくれた投資家に支払われる。株取引のほとんどは、投資家同士の「転売」なのだ。眠っていた預金は、別の口座で再び眠ることになる。
経済が活性化するのは、取引が増える金融業界だけなのだ。
実際、2024年度の株式取引額は約1,300兆円(※1)だが、そのうち企業が新規に調達した資金はわずか1.4兆円(※2)。個人が株式投資を始めても、企業にはほぼ届かない。
「株を買って企業を応援する」というのは、取引を増やしたい証券会社の詭弁(きべん)だ。
多くの場合、当の企業にとっては、株よりも自社製品を買ってもらう方がずっと嬉しいし、実際の応援につながる。CMでも、企業が広告するのは株ではなく、自社製品だ。
融資でも投資でも、金融の本来の役割は、「挑戦したい人」にお金を融通することだ。パン屋を開業する人やシイタケの栽培法を研究する会社に資金を届ける。
彼らが新たな価値を生み出すことで、初めて経済が成長する。
お金自体には、何の力もない。それが活きるのは、誰かが「何かを始めたい」と手を挙げたときだ。
日本がこれまで成長できた理由は、個人が積極的に投資をしてきたからではなく、多くの人が銀行に預金をしたからだ。そのお金が銀行を通じて、挑戦する人や企業に流れたことで経済が回り、社会が前進した。
ところが今、上場企業の多くは資金に困っていない。むしろお金が余り、自社の株を買い戻しているほどだ。2024年度の日本企業の自社株買いは約16兆円(※3)で、新規発行で調達した1.4兆円に比べるとはるかに多い。新しい挑戦のためではなく、株価維持のためにお金が使われているのだ。
政府が、個人の株式投資を勧める背景には、別の事情がある。収益を上げた企業が、それを従業員の給料ではなく株主への配当に回すようになった結果、給与所得が伸び悩んでいる(内閣府「日本経済2021-2022」)。それを補うため、政府は「株式を持てば配当を得られる」と投資を促しているが、これは一時しのぎの対症療法にすぎない。
ただ株を買うだけでは、ドラえもんが活躍するような未来はやってこない。未来をつくるのは、資金を元手に挑戦を始める人たちがいるからだ。

