誰も教えない「儲けのレシピ」
「100億稼いだ真相を一ヶ月で突き止めろ」
そう命じられた僕は、途方に暮れた。
そもそも100億円を稼ぐ方法など、本当に存在するのだろうか?
書店やネットを探してもそんな情報は出てくるはずがない。もし魔法のような儲け方があるなら、それはごく一部の人が密(ひそ)かに守り続けている「秘伝のタレ」のようなものだ。
考えてみれば、当然だ。
もしケンタッキーフライドチキンの味が自宅で再現できれば、誰もわざわざ店に行かない。秘伝のレシピは門外不出だからこそ、価値がある。
金融市場の儲け話でも同じことが言える。
たとえば、「月末のエクステンション」という現象がある。月末に年金ファンドが運用方針に従って大量の国債を購入することがある。そのとき、国債価格は上昇しやすい。
もし、それを事前に予測できれば、一儲けすることができる。月末前日に買い、翌日に売るだけで利益が出る。一般に国債の値動きは小さいが、1,000億円買って、価格が0.5%上がれば、一日で5億円の利益になる。
でも、この情報が世間に知れ渡ればどうなるだろう? 自分だけでなく他の人たちも月末に一斉に売ろうとする。市場に売りが殺到し、むしろ価格は下落する。
つまり、情報が広まった瞬間、儲け話は成立しなくなる。
秘伝のレシピは限られた人間が密かに使うからこそ価値があるのだ。1970年代にその名を馳(は)せた伝説的な投資家リチャード・デニスもこれをよく理解していた。彼は、ある実験を行った。
自ら編み出した投資手法を、まったくの素人に教え、本当に儲けられるかどうか試したのだ。新聞広告で集まった初心者たち──通称「タートルズ」はデニスの教育で大成功を収めた。
ただし、デニスは「この手法は5年間、決して口外するな」とタートルズたちに厳命した。自分の手法が広まれば効力を失うと、彼は熟知していたのだ。
ちなみに、ケンタッキーの秘伝のレシピは、アメリカ本社の金庫に厳重に保管されている。世界でこのレシピを知る者は、ごくわずかだという。
本当に効力のある儲け話は、決して広まっていない。だから、金融業界をどれだけ駆け回っても、「100億男」の真相に辿(たど)り着くのは難しかった。
ならば、自力で探すしかない。1ヶ月間、寝ても覚めても市場データを分析し続けた。
過去の取引パターンを洗い出し、短期金利市場の細かな動きを徹底的に追いかけた。しかし、得られたのは疲労と無力感だけだった。
無情にも約束の1ヶ月が過ぎた。
「……すみません、そんな方法は、見つけられませんでした」と伝えるしかなかった。
正直、自分の無力さが情けなかった。
いくつかの可能性については報告した。だが、それは答えていないのに等しかった。
上司は黙ってうなずいただけで、その目に宿っていたのは静かな失望だった。僕に見切りをつけ、例の「100億男」を迎え入れるかもしれないと覚悟をしていた。しかし、待ち受けていたのは、衝撃的な事実だった。

