「100億男」の末路と教訓
「100億男」の真相が明らかになったのは4年後のことだった。
ウォールストリート・ジャーナルのトップニュースに彼の名前が掲載された。
見出しを目にした瞬間、「結局そういうことか」と力が抜けたのを覚えている。
彼は──逮捕されたのだ。
LIBOR不正操作事件。世界の金融市場を揺るがす巨大スキャンダルだった。
100億円を簡単に稼ぐ方法──やはり、そんなものは存在しなかった。
彼は、自分の取引を有利にするため、複数の金融機関を巻き込み、短期金利「LIBOR」を不正に操作していた。その影響は甚大で、事件に関与した金融機関が支払った制裁金の総額は1兆円を超えた。関係者は次々と逮捕され、彼自身も禁錮 (きんこ)14年の判決を受けることになる。
どれだけ必死に100億円儲ける方法を探しても見つからないのは当然だった。方法そのものが不正だったのだから。
もちろん、不正は許されない。しかし、合法の範囲でも投資には常に「情報の非対称性」が存在する。有利な情報を持つ者と持たない者が、同じ市場で戦う。それがアマチュアとプロが同じ土俵に立つという意味だ。
人は他人の成功を聞くと、真似したくなる。だが、その背後にある理由を知らずに真似ても、簡単にはうまくいかない。
これは投資に限らない。他人の成功を真似しても再現できないことの方が圧倒的に多い。江戸時代の大名・随筆家の松浦静山は『常静子剣談』で次の言葉を残している。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
現代の工学研究に「失敗学」という分野があるように、失敗には明確な原因がある。そこから学ぶことができる。
だが、成功は違う。偶然性、特殊な状況、本人が自覚していない努力。それらが積み重なっていることも多く、成功の原因は見えにくい。
そして私たちは、「真似しやすそうな成功例」を無意識に選んでしまう。たとえば、メジャーリーグの大谷翔平選手が、高校時代から膨大な努力を積んできた話は有名だ。しかしそれを聞いても、簡単に真似しようとする人はほとんどいない。ところが、SNSで見かける「X年で1億稼いだ」という投資話には、多くの人が飛びついてしまう。
「真似しやすそうな成功例」ほど、成功に必要な要素が抜け落ちている。だから、再現性が低く、失敗を招きやすい。
他人の成功を安易に真似ることが、成功への近道になりにくいのはこのためだ。
ここまで読むと、ある疑問が浮かぶかもしれない。──結局、投資はギャンブルと同じなのか?
確かに、そう見えることもある。しかし、投資にはもう一つの側面がある。社会の成長や発展を支え、私たちの暮らしをより豊かにする──それが、本来の投資の姿だ。
田内 学
元ゴールドマン・サックス証券トレーダー
