民事信託は、どの程度「事業主」の役に立つのか?
本連載は、個人事業主として、または法人を設立して事業を営む事業主の方が、昨今利用者が急増している「民事信託」を用いることにより、事業承継、高齢者の財産管理および新たな事業展開をした場合におけるメリットを中心に述べるものです。
本連載は、以下の登場人物のもと、具体的な事例に基づき、
①民事信託を用いなかった場合にどのような不都合があるのか
②民事信託を用いた場合に当該不都合をどこまで解消できるのか
という内容を基本的なコンセプトとして、記述するように心がけました。
具体的な事例を紹介するにあたっては、読者の方が最初から読み進めて行く上で理解しやすいように、下記の甲野家の家族構成を前提にして記載しています。
【甲野家の家族構成】
子による親の財産管理を可能にする「法定後見制度」
祖太郎は、甲野商会の経営の第一線からは退いているものの、自ら所有している事業用資産は残っています。また、この事業用資産を勝手に売却するという話を進めているとの噂も聞こえてきます。親吉は、甲野商会の事業用資産を勝手に売却されることを回避するため、今から祖太郎の財産をきちんと管理したいと考えています。どのような方法が考えられますか。
《関連ワード》
成年後見、成年被後見人、成年後見人、保佐、被保佐人、保佐人、補助、被補助人、補助人
⑴法定後見制度
精神上の障害により、財産の管理処分能力に一定の不安が生じた場合に利用できる制度として、法定後見制度があります。財産の管理処分能力にすでに問題が生じている場合には任意後見契約を締結することが難しくなりますので、成年後見制度の活用が実務上の選択肢となります。
そこで、本事例では、成年後見制度を解説します。なお、任意後見契約については、『民事信託活用の実務と書式 事業承継、財産管理、事業展開における積極的活用』の事例14を参照して下さい。
法定後見制度としては、成年後見、保佐、補助の制度が用意されています。以下、各制度の概略を説明します。
⑵成年後見
ア.申立て
本人(以下、成年後見制度の対象となる者を本事例では「本人」と呼びます。事例12においては、祖太郎が本人となります)が「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」場合には、成年後見を利用することができます(民法条)。具体的には、後見開始申立書(下記資料参照)に必要事項を記載した上、家庭裁判所に後見開始を申し立てることになります。
[資料]後見開始申立書
「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」ことについては、例えば、「財産を管理処分することができない」といった医師の診断書を取得することで証明できます。今回のケースについても、祖太郎が自分では独立して意思決定ができない状態であり、その状態について医師の診断書を取得できるのであれば、成年後見の審判開始の申立てを行うことを検討できます。
後見開始審判申立書における申立ての理由については、本人の判断能力が欠けているのが通常であることに関する事情(病気により意識を喪失している、アルツハイマー病により意思決定がほぼできない等)や申立てに至った動機(早急に預金を引き出さないと本人の入院費用が足りない等)を具体的に記載することになります。
添付書類としては、本人の戸籍謄本や住民票等の公的な資料のほか、医師の診断書、本人の収入状況等を証明する資料等を必要に応じて準備することになります。
申立てが認められた場合、後見開始の審判によって成年後見が開始されます。
イ.成年後見が開始された場合
成年後見が開始された場合、成年後見人が包括的な代理権や取消権を有することになり、成年被後見人(本人)は、日常生活に関する事項を除き、自由な財産の管理処分ができなくなります。そのため、成年被後見人が事業用資産を第三者へ売却すること等を防止することができます。
成年後見人は、家庭裁判所の監督を受けつつ、本人の身上を看護し、必要な財産の管理処分を行います、また、成年後見人は、業務内容について家庭裁判所への報告等を行うことを求められます。
この話は次回に続きます。