タックスヘイブン――聞くだけで「怪しい資金の流れ」をイメージする方も多いでしょう。しかし実態は、合法的な節税手段として戦略的に活用される場でもあります。ケイマン諸島やバハマ、香港、ルクセンブルクからデラウェア州やフランスの海外準県まで、その形態は多様で、企業や富裕層は利益や資産の移転を巧みに行っています。7月と8月に『富裕層が知っておきたい世界の税制』シリーズとして【大洋州、アジア・中東、アメリカ編】および【カリブ海、欧州編】を刊行した矢内一好氏に、タックスヘイブンの歴史、各地域の実態、合法的節税の方法から国際課税リスクまで話を聞いた。

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タックスヘイブンとは何か

――そもそも「タックスヘイブン」とはどのような場所なのでしょうか?

 

矢内一好氏:「直訳すると『税の避難所』です。非常に低い、あるいはゼロに近い税率、金融情報の非公開性、簡便な法人登記手続きといった特徴を持つ国や地域を指します。多国籍企業や富裕層にとって、税負担を回避・軽減しながら資産を運用するのに非常に便利な場所です。ポイントは、税率が極端に低いこと、あるいは情報開示義務が緩いこと。この2点を満たす地域を指して『タックスヘイブン』と呼んでいます。

 

ここで注意すべきは、単に税率が低いというだけではありません。企業や富裕層は、法制度の複雑さや情報開示の緩さも見極めています。たとえば『どの条件で利益を移転できるか』『どこまで国外の資産を隠せるか』など、極めて戦略的に選んでいます」

 

 

 

 

――世界のどの地域がタックスヘイブンになるのでしょうか?

 

「世界各地に拡がっています。たとえばカリブ海のケイマン諸島、バハマ、英領バージン諸島は古典的なタックスヘイブンです。法人税も所得税もゼロです。アジアでは香港やシンガポールが代表で、特に香港は法人税16.5%と一見高く見えますが、株式の譲渡益等のキャピタルゲインは課税になりません。欧州ではルクセンブルクやマルタ、ジブラルタルが同様の役割を果たしています。アメリカ国内でもデラウェア州やネバダ州は法人設立が簡便で匿名性が高く、実質的にタックスヘイブンのような役割を担っています」

 

――アメリカ国内にもタックスヘイブン的地域が存在するのは驚きです。

 

「アメリカだけではありません。EU内にも『海外県』『準県』と呼ばれる特例地域があります。フランス本土から離れた島々で、税率や免税措置によって実質的に低税率地域となっているのです。ここで重要なのは、『タックスヘイブン=違法』ではないという点です。合法的に節税手段として活用できる一方、使い方を誤れば違法になります。企業も個人も、税務リスクと戦略的メリットを天秤にかけて判断する必要があります」

歴史的背景と進化

――タックスヘイブンはどのように発展してきたのでしょうか?

 

「タックスヘイブンの歴史は意外に古く、1950〜60年代に欧米の高税率に対抗する形で始まりました。当時は紙の書類と国際郵便が中心で、資金移動は非常に手間がかかりました。『資金を国外に移すだけで一苦労』という状況です。

 

ところが1980年代以降、電子送金や金融自由化によって、瞬時に世界中どこへでも資金移動できるようになりました。この変化により、タックスヘイブンの戦略はより洗練され、大規模化しました。

 

特に興味深いのは、多国籍企業が知的財産や特許権をタックスヘイブンに集約することで、利益がどの国で生まれているのかを見えなくする手法です。例えば米国企業がソフトウェア特許をアイルランドの子会社に移すことで、実効税率は下がります。これは合法的な節税でありながら、税務当局から見ると課税回避の典型例です」

利用実態とリスク

――企業などはタックスヘイブンをどのように使っているのでしょうか?

 

「IT企業は自社特許やブランドをタックスヘイブンの子会社に持たせ、他国の関連会社からロイヤリティを受け取る。結果、利益はタックスヘイブンに集中し、税負担はほとんどゼロに近くなります。

 

個人レベルでも、信託や財団を活用して相続税や所得税を節税することが可能です。ただし、CRSやFATCAなど国際的な情報交換制度が強化されており、匿名性は急速に低下しています。違法な資金隠しを行えば、以前よりも捕まるリスクは格段に高まっています」

 

――節税と脱税の境界があいまいとの指摘もあります。

 

「境界は非常に曖昧ですが、判断を誤ると巨額の追徴課税や刑事責任につながります。タックスヘイブンを使う際は、合法性とリスク管理の両面から戦略を組む必要があります」

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