カリブ海・太平洋地域の事情
――カリブ海や太平洋の島々は、タックスヘイブンの典型例としてよく名前が挙がります。具体的な実態を教えていただけますか?
「ケイマン諸島は法人税も所得税もゼロで、登録企業は8万社以上、投資ファンドは9,000件超。米国投資家だけで3,760億ドルの株式を保有しています。設立費用はわずか600ドルほどです。バハマも法人税ゼロで、人口約40万人ながらプライベートバンキングの拠点として人気があります。バミューダはキャプティブ保険や再保険が盛んで、人口はわずか5万人ですが世界的な保険市場として存在感を示しています。
太平洋諸島も独自の特色があります。バヌアツやソロモン諸島は法人税ゼロ。マーシャル諸島は便宜置籍船制度を利用して船舶業界を誘致。フィジーは法人税20%ですが、サモアやバージン諸島は非居住者向け軽課税制度を採用しています。人口や経済規模が小さくても、国際資本は確実に集まります」
欧州の軽課税地域
――欧州にもタックスヘイブン的な地域があるのでしょうか?
「フランス海外県のグアドループ、マルティニーク、レユニオンは本土と同じ税制ですが、『海外準県』になると独自の税制を導入しており、法人税やVATが軽減されています。具体例として、サン・バルテレミーやサン・マルタンなど、人口数万人規模の小さな島でも、法人税率は数%、VATも軽減され、国際企業が拠点を置く理由になります。
ルクセンブルクやマルタも典型例です。ルクセンブルクは法人税還付や特定の持株会社スキームを利用して、海外の子会社から利益を集めることが可能です。マルタは法人税率が35%と高く見えますが、配当還付スキームを使えば実効税率は数%まで下がります。欧州内でも税制競争が激化しているのです」
アメリカ・州税とトランプ税制
――アメリカは連邦国家ですが、州単位でもタックスヘイブン的な特徴があると聞きます。
「アメリカの税制は複雑で、連邦税、州税、市町村税の三層構造です。州ごとに法人税・売上税・所得税が異なり、企業戦略に直結します。デラウェア州は法人設立が簡便で、フォーチュン500企業の約60%が設立されています。ネバダ州は法人税ゼロで匿名性も高く、法人設立コストも安い。州税差を利用して節税する企業も少なくありません。米国内でもタックスヘイブン的な活用が可能なのです」
――トランプ税制の影響はどうでしょうか?
「トランプ政権下では、グローバルミニマム課税の適用が事実上遅れ、州税差異の活用が企業に有利になりました。ただし、税制は政治的要因で変化しやすく、長期的な安定性は保証されません。企業は将来のリスクを見越して慎重に判断する必要があります。また、米国では全世界所得が課税対象です。海外に資産を持つ米国市民やグリーンカード保持者は、全世界所得が課税対象です。居住地に関係なく申告義務があります」
富裕層と国外資産課税
――個人レベルでは、信託や財団を使った節税スキームが広く利用されています。
「スイスやケイマンに財団を作り、配当や利息をそこに集約する手法です。ただし、報告義務や国際情報交換が強化されており、透明性が求められます。巨額資産を持つ方が亡くなると、遺産課税や相続税の問題が発生します。信託や財団を活用すれば税負担を大幅に減らすことは可能ですが、国際課税ルールの変化により、将来的な税務リスクは予測困難です。企業も親会社がタックスヘイブンにあっても、子会社の所在や利益計上の仕方によって各国の課税対象になる可能性があります」
デジタル課税と国際協調
――最後に、今後の国際課税の注目点について教えてください。
「デジタル経済の拡大により、従来の国別課税では対応が不十分です。OECDのBEPSルールやデジタル課税は、国際的な利益移転や税逃れを防ぐ試みです。GoogleやApple、Amazonなど企業は、新しい課税ルールに対応する必要があります。
各国で発生するデジタルサービス収益に応じて課税する『デジタルサービス税(DST)』が導入されています。サーバーや本社所在地に関わらず、利益の発生地に税金をかける仕組みです。企業は複数国での申告や報告義務が増え、管理コストも膨大になります。
税制は単なる経済理論だけで決まるわけではありません。国益と権力争いの場でもあり、増税や軽減税率、タックスヘイブン対策は政治的決断と密接に関わっています。企業や富裕層は政治動向を常に注視する必要があります」
――最後に、読者にメッセージをお願いします。
「タックスヘイブンやデジタル課税の活用には、必ずリスクとメリットの両面があります。合法的に節税するには専門知識が不可欠ですし、違法に踏み込めば巨額の追徴課税や刑事責任に直結します。企業も個人も、戦略的かつ慎重に対応することが重要です」

