(※写真はイメージです/PIXTA)

本稿は、チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏(三井住友DSアセットマネジメント株式会社)による寄稿です。

米連邦準備制度理事会(FRB)は5月7日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利を3会合連続で据え置きました。そして、FOMC後の会見でパウエル議長は早期利下げの必要性を明確に否定するとともに、トランプ大統領による利下げ要求をはねつけて見せました。こうしたパウエル議長の対応を、暴君から中央銀行の独立性を守るヒーローになぞらえて持ち上げる向きもあるようです。
しかし、勧善懲悪のアニメやゲームの世界とは異なり、様々な力学が絡み合う現実の世界では、分かり易いハッピーエンドとは程遠い展開が待ち受けている可能性があります。

 

早期利下げを「全否定」するパウエル議長

FRBは5月6、7日に開催されたFOMCで、3会合連続の政策金利の据え置きを決定しました。会合後の会見でFRBのパウエル議長は、「更に経済の不確実性が高まった」とする一方で、「米国経済は堅調」で「2019年のような予防的な利下げが必要な状況にはなく」、さらにトランプ関税により「インフレ上昇のリスクが更に高まっている」との見方を示しました。このため、市場では、次回6月会合を含む早期の利下げ期待が一気に吹き飛ばされることとなりました。

 

パウエルのタカ派姿勢にただよう違和感

パウエル議長がタカ派姿勢を鮮明にしたことに、驚いた市場関係者も少なくないでしょう。というのも、1. FRBが最も重視するインフレ指標の一つである3月のコア個人消費支出(PCE)価格指数は5年ぶりの低水準となる前月比±0%まで減速して、インフレは落ち着きを見せています(図表1)。

 

出所:Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
[図表1]米コアPCE価格指数の推移 出所:Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成

 

また、2. 経済学の一般的な考えとして、米国のような大国が課す関税は普通の国と比べて物価に与える影響が限定的とされています。さらに、3. 消費税や関税によるインフレの押し上げ効果は一時的で基調的なインフレを変化させることは稀ですし、4. ベッセント財務長官も指摘するように、足元で政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利は米2年国債利回りを大きく上回る「金融引締め状態にある」からです(図表2)。

 

出所:Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
[図表2]FF金利と米2年国債利回りの乖離 出所:Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成

 

経済の不確実性が高まる状況を想定するなら、本来、中央銀行は金融政策の自由度・機動性の確保が重要になります。しかし、こうしたタイミングで敢えて「早期利下げ」という政策手段・選択肢を封じて見せたことに、良く言えばパウエル議長の「矜持」を、悪く言えばある種の「頑なさ」を感じた市場参加者も少なくないでしょう。

パターン分けで考える米国経済の4つのシナリオ

現在の状況でパウエル議長が取りうる金融政策の選択肢は、余程の事態を除けば「利下げ」と「金利据え置き」の2択になります。一方のトランプ大統領は、「関税の強行」と「関税の緩和」の2択になります。こうした二人が持つ2つの選択肢の組合せにより、今後の展開は次の4つのシナリオに分類することができます(図表3)。

 

出所:Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
[図表3]米国経済の4つのシナリオ 出所:Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成

 

シナリオ1:「利下げ」&「関税の緩和」

シナリオ2:「利下げ」&「関税の強行」

シナリオ3:「金利据え置き」&「関税の緩和」

シナリオ4:「金利据え置き」&「関税の強行」

 

「シナリオ1」はトランプ政権が関税措置を大きく緩和する一方、FRBが利下げに踏み切るもので、株式市場にとっては二重丸のベストシナリオといえそうです。関税の緩和で景気やインフレについての不確実性が大きく後退することに加え、FRBの引き締め的な金融政策が緩和することで、米景気は今後も拡大を続け、株式市場は長期の上昇トレンドに回帰する確度がさらに高まると想定されます。

 

「シナリオ2」はトランプ政権が関税措置を強行する一方、FRBが利下げに踏み切ることで米景気は底割れを回避し、さらに、株式市場は利下げによる金融相場で底割れを回避するシナリオになります。米国はこれまで大幅に政策金利を引き上げてきたため、ひとたび経済やマーケットが変調をきたせば、FRBは大胆な金融緩和に踏み切ることが可能です。つまり、景気や株式の観点からは、FRBによるフルスロットルでの金融緩和により市場参加者の信頼感が保たれることで、「シナリオ1」に次いで好ましいシナリオといえそうです。

 

「シナリオ3」はFRBが利下げを躊躇する一方、トランプ政権が経済の悪化を回避するために、大胆な関税措置の見直しを行うシナリオです。ただし、この場合でも相互関税の基本税率である10%や、30%の対中追加関税が残る可能性が高いため、引き締め気味な金融政策が株式市場の重しとなる展開が想定されます。

 

最悪シナリオ、「金利据え置き」と「関税の強行」

最後に、「パターン4」はFRBとホワイトハウスがともに金融政策や関税措置の継続にこだわることで、景気悪化とインフレが同時に進む「スタグフレーション」状態で、米国経済や株式市場にとって最悪のシナリオとなります。

 

こうした4つのパターンに分けることで確認できるのは、FRBが利下げを拒んでいる限り米国にとって最善の組み合わせとなる「シナリオ1」が生じることはなく、良くて「パターン3」、悪くすれば最悪の「シナリオ4」に陥りかねないということです。

 

一方、パウエル議長がトランプ大統領の要求を聞き入れて早期の利下げに踏み切るなら、悪くても「シナリオ2」に、良くすればベストシナリオの「シナリオ1」が実現し、市場は漫画やゲームのような「ハッピーエンド」を迎える可能性が高まります。

 

「伝説のトレーダー」の警告

大手ヘッジファンドのオーナー兼CIOであるポール・チューダー・ジョーンズ氏は、5月6日に金融ニュース専門チャンネルCNBCの看板番組スクワーク・ボックスに出演して、「米国株はこれから新安値に向かう、何故ならトランプは関税に固執し、パウエルは利下げしないことに固執しているからだ」と警告しています。

 

「伝説のトレーダー」としてウォール街でも一目置かれるジョーンズ氏の発言は、トランプ大統領のもたらす不確実性への警戒感は勿論ですが、パウエル議長がトランプ大統領への対決姿勢を強め、高まる「経済の不確実性」に対応できないリスクを指摘しているように思われます。

 

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