老後資金はどれくらい必要なのでしょうか? 総務省の家計調査によれば、無職の高齢夫婦世帯の平均消費支出は月額約25万円。一方、年金などの実収入は平均月額約21万円と、毎月約4万円の赤字になってしまいます。この差額を補うためには、退職後20年間で約960万円の貯蓄が必要となりますが、この数値は健康で過ごすことができた場合であり、心身の健康を損なってしまった際には支出が増えてしまうことも……。今回はAさん夫婦の事例とともに、最期までに上手く老後資金を使う方法についてCFPの伊藤貴徳氏が解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
元気なうちにもっと楽しんでおけば…年金月21万円、60代・節約夫婦の後悔。健康を失った妻が決めた「老後資金の衝撃の使い道」【CFPの助言】 (※写真はイメージです/PIXTA)

妻の心の変化

Bさんは車椅子生活となって以来、日常の楽しみを失ったように感じていました。もともと活動的で健康には自信があり、友人と出かけたり趣味のガーデニングに熱中したりと、毎日に彩りを感じていた彼女にとって、いまの生活は想像以上に苦しいものでした。


転倒から数ヵ月が経ち、リハビリに通う日々が続くなかで、Bさんはふと、あることを感じました。「これからの生活は、家の中で過ごす時間がほとんどになる」という現実。「こんなことなら無理してでも元気なうちに海外旅行に行っておけばよかった」後悔の念が押し寄せます。外出が難しくなった彼女にとって、自宅こそがすべての活動の場であり、その空間を自分にとって心地よいものにしたいと思うようになりました。

 

そんなある日、Bさんはテレビの特集で、ある画家の個展の紹介を目にします。そこに映し出された鮮やかな風景画に心を奪われました。「なんだか覚えがあるような」よくよく調べてみると、30代のころ、家族での海外旅行で訪れた美術館で見た絵画と同じ画家の作品だったのです。Bさんは当時、その絵画をみて感動したことを思い出します。「絵の中に吸い込まれるような感覚だったわ。まるで、過去に訪れた美しい場所をもう一度体験するみたいに」運命的なものを感じました。

 

「どうせもう海外には行けない。私もこの絵のような景色を毎日見て過ごしたい。そうすれば、家にいても心は自由でいられるかもしれない」この瞬間、彼女の心の中で「絵画を購入する」という決意が芽生えたのです。

 

Bさんはその日の夜、夫のAさんにこう切り出しました。

 

「ねえ、ちょっと話したいことがあるの。最近、家の中が少し殺風景に感じるのよね。それで……リビングに飾る絵を買いたいと思っているの」

 

「絵? どんな絵だい?」Aさんは少し驚きながら尋ねます。

 

「風景画なの。私の生活がこんなふうになってしまったけれど、家の中に少しでも心が癒されるものが欲しいのよ」

 

「それはいい考えかもしれないね。でも、絵なんてそんなに高くないだろう?」

 

「……500万円なの」

 

一瞬、Aさんは耳を疑いました「ご、500万円? 本気で言っているのか?」。

 

「わかっているわ。大金だってことは。でも、これからの人生を家の中で過ごす私にとって、その絵はただの飾りじゃないの。毎日見て、心を豊かにするためのものなの」Bさんは必死に訴えます。