「テール条項」が必要な理由
M&A業者がマッチング支援等を行う場合において、M&Aが成立しないまま仲介契約やFA契約が終了することがあります。利用者からすると、契約が終了となればそのM&A業者に対する手数料の支払義務も完全になくなるものと思いがちですが、実はそうではありません。一般的に、仲介・FA契約終了後の一定期間(いわゆる「テール期間」)においては、顧客がその後、他のM&A業者を通じてM&Aを行った場合でも、元の仲介者・FAが手数料を請求できることとする条項(いわゆる「テール条項」)が定められています。
M&A業者は、人的・物的コストを費やしてM&A成立に向けた支援を行います。M&A取引が直前にまで達した際、顧客側が手数料支払いを避けるために一方的に当該M&A業者との契約を終了させ、その後に当該M&Aを実行するといったことが許されてしまうと、M&A業者のビジネスが成り立たなくなります。こうした観点から、テール条項を定めること自体は一定の合理性が認められます。
テール条項の問題点
一方で売り手側の契約におけるテール条項は、適用対象となる買い手候補企業の範囲や適用対象期間は合理的な範囲に限るべきものです。テール条項は、内容によっては顧客の行動を不当に制限し、不利益を及ぼしかねません。具体的には、仲介・FA契約が終了してしばらく経ち元のM&A業者の貢献や関与が薄れるなかで、他のルートを通じて売却活動を進めたいがテール条項が残っているがゆえに(M&Aが実現すると二重で手数料が生じてしまうため)動こうに動けない、といった状況です。
中小M&A業界では、M&A業者がこのテール条項の範囲を過剰に広く設定することで売り手の活動を縛り、実質的に仲介・FA契約を解約できない状況を作ることで将来の収益機会を確保しようとするケースが散見されました。これを受けて、現行の中小M&Aガイドライン(第2版)ではテール条項に関する指針が示され、テール期間は「最長でも2年~3年以内を目安とすることが望ましい」と定められています。
また、テール条項の対象に関しては「M&A専門業者が関与・接触し、譲り渡し側(売り手)に対して紹介した譲り受け側(買い手)のみに限定すべき」と定められ、不当に売り手の活動を縛る行為は行いづらくなりました。ただ、同記載においても、何をもってテール条項の対象となる「紹介」にあたるのかなどの曖昧さは残ります。
この点、2024年1月から適用開始となったM&A仲介協会の倫理規則においては、「実質的に紹介しているとは、最低でも買い手候補企業へ企業概要書(IM)の提示が行われた場合をいう」と定めています。2024年8月に公表された中小M&Aガイドライン(第3版)においても、同様にテール条項の適用対象範囲が明確化されました。
秘密保持契約にもテール条項が存在する
最近では非専任や完全成功報酬を謳うM&A仲介サービスが増え、オーナー経営者としても「仲介会社の連れてきた買い手が気に入らなければ、そこでやめればいい」と気軽にサービスを利用できるようになりました。一見オーナー経営者にとってデメリットがなさそうですが、実は、売り手が仲介会社との間で締結する秘密保持契約(以下、NDA)においてもテール条項が意図的に設けられているケースがあります。本来こうしたテール条項はNDAにおいて定められるものではなく、仲介・FA契約において定められることが一般的です。
当社で実際に確認できたもののなかには、NDAが自動更新となっており、当事者が進んで契約解除を申し出ない限りテール条項が永久に残ってしまうケースが複数存在しました。オーナー経営者がこうしたテール条項を認識せずにNDAを締結してしまうと、あとあとトラブルに繋がるリスクが高まるため注意が必要です。
売り手オーナーがテール条項に縛られないためには
前述の通り、テール条項の適用対象範囲は中小M&Aガイドライン(第3版)のなかで明確化されましたが、その具体的な運用ルールの策定にあたっては、客観性に基づいて範囲設定をする必要があると考えています。この点、M&A仲介協会や中小M&Aガイドラインの方針のように、企業概要書(IM)が開示された買い手候補企業を対象とするルールでは客観性が保たれないと懸念しています。
現在の中小M&A実務においては、打診する買い手候補企業について事前に売り手オーナーの承諾を取ること(いわゆるネームクリア)が徹底されておらず、M&A業者の活動状況が売り手オーナーに十分に報告されていないケースが多く存在します。売り手オーナーからすると、M&A業者がどの買い手候補企業に打診し、その結果がどうであったのかを把握できない状況が生じています。M&A業者が、多数の買い手候補企業との間で包括NDAを締結しており、売り手オーナーが認識していないところでIMを開示しているケースも存在します。つまり、売り手オーナーからしてみれば、IMが開示された先を客観的事実に基づいて確認することができないのです。
このような実務下においては、テール条項の適用範囲を「押印済みの意向表明書受領先又は直接紹介され面談した買い手候補先」といった形で定め、売り手オーナーが客観的事実に基づきテール条項の適用範囲を確認できるルールにする必要があると考えています。
本稿でみてきたように、事業売却を検討するオーナー経営者は、将来の活動を制限されてしまうリスクが生じうるテール条項の内容には注意が必要です。実際に売却活動を進める場合には、M&A業者にはネームクリアの徹底を求め、詳細の活動報告を求めることで、売り手自身が売却活動に関する情報管理を主体的に行っていくべきでしょう。
しかし、勝手のわからないM&A取引において、自身を守るために最善の決断・行動を取っていくことは容易ではありません。M&Aで失敗しないためには、自分のメリットや利益を一番に考えてM&Aを支援してくれる専門家を起用することをおすすめします。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社 代表取締役社長
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