日本人がいない場所で働く
尾﨑: 仕事をしながら通訳の資格を取得されているので、英語はかなり得意だったのかと思いましたが?
川上: 英語力が磨かれたのは20代、8年くらいにわたって日本人がほとんどいないオーストラリアの田舎町を渡り歩きながら仕事をした時期だと思います。この頃はほかに頼れる人もいなかったですし、英語ができないことで見下されるような経験をバネにだいぶ頑張りました。
旅行や観光で通用する英語力と、仕事を含む日常生活すべてを英語でこなすのとではやはり求められる単語力や言い回しは変わってくるので。人種差別はなかったのですが、どうしても、チームで仕事をする中で英語がおぼつかないと、どうしてもグループに入れてもらえないという場面が出てきてしまうのは事実ですね。
尾﨑: 日本人がいない場所で働く、というのは私も経験がありません……。
川上: 20年くらい前の話なので、外国人に家を貸してくれる人もかなり限られていたんですよ。なので、仕事を始めてしばらくは自分の年齢と同じくらい古い車を買って、車中泊をしながら暮らしていました。治安が悪い場所とかもよくわかっていなかったので、寝ている間に石を投げられて、割れたガラスの破片を頭からかぶった、ということもありましたね……。こんな話を尾﨑さんにしたら怒られそうですけど……。
尾﨑: それ以上、悪いことが起こらなくてよかったです。ただ、若いから何でも大丈夫というわけではなく、リスクをちゃんと把握して、危ないところには近づかない、万が一の時でも自分で自分の身を守る、というのは大事ですよね。
川上: 本当に。海外で暮らす、仕事をする、というのは単に語学ができる、とか仕事のスキルがそこそこある、というだけではだめですね。私の頃は、パソコンはそれほど普及していない、スマホなんかない、という時代だったので情報を集めるのも一苦労だったんです。ただ、それでも下調べというか、もうちょっと自分で自分を守るための取り組みはあってもよかったかも。
その後、当時お世話になっていた競馬業界の関係者の方のコネで家を借りられるようになり、安全に過ごすコツなどを教えてもらって今まで生き延びています。いざという時は周りの人に頼るのも生き残るコツかもしれません。
尾﨑: 確かに、海外では孤立感を覚えがちですが、一生懸命頑張っている人を助けてあげよう、支えてあげようというのは世界共通かもしれませんね。日本人がいない環境で長く暮らされていて、精神的につらかった時期などはなかったんですか?
川上: いやぁ、実際にはかなり落ち込んでいました。ただ、馬の仕事は好きでしたし、これをやろうと思って日本を出たので帰るという選択肢もあまりなかったですね。つらかった時は競馬関係でつながっていた友人や最初に留学した競馬の専門学校同期なんかと交流して、乗り切ってましたかね。日本に国際電話一つかけるのも、高かったですから。つらかったのはつらかったですし、今この年になってもう一回やれといわれたらイヤですけど(笑)。ただ若いうちにあの苦労があったから今がある、というのは実感しています。
尾﨑: 30歳になってからもう一度学びなおしというのでしょうか、英語をもう一度徹底的に勉強するのも苦にはならなかったわけですね。
川上: うーん、騎手を続けながら大学に通っていたので普通の方と比べれば二倍くらい時間をかけて学校を卒業し、通訳の資格を取りました。朝4時から9時頃までは競走馬の調教、その後レースに乗るときは競馬場に行って、競馬関係の仕事を終わらせてから勉強という一日でしたね。これまた大変ではありましたが、実際にやってみると自分の興味・やりたいことにつながることだったので、やってよかったなと思います。
尾﨑: すごいエネルギーだと思います。
川上: 勉強をする中で自分自身が人間として成長していることを実感できるのも原動力ですよね。馬に乗る技術が上がってくる、通訳担当として英語と日本語の切り替えが早くなる、言い回しやメモ取りが上手になる、といった成果も実感するのですが、同時に自分の人間力にも自信が持てるようになりました。
こちらでは何かトラブルがあっても(日本語で)気軽にできる人に頼れるわけではありません。生活するうえで不便を感じることが限りなく少ない日本でなく、思いがけないことも起こる海外で勉強することが自分を磨いてくれましたね。
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