売主の都合によって大きく変わる「土地の価格」
昭和五十年代中ごろの不動産業最先端法人の話です。
購入して翌日売っても税金が極端に高いこともなく、25パーセント程度の所得税以外は不要でした。最短は当然、当日購入、決済、当日売却です。
例えば、博多駅前四丁目の角地を購入したのは、坪25万円。大手の衣料会社に販売したのが坪50万円、敷地面積は約200坪。これで当時は5千万円。満足のできる利益でありました。
もっと駅近くの土地は購入できなかったのですが、400坪で坪50万円を提示しましたが、実際に動いた価格は坪120万円ほど、現在なら十倍くらいは値がつくだろうと思います。
このように同じ時期に土地の価格は、その時の売却人の都合によって大きく変わってきます。倒産して債権者への配当が低い物件は、それこそ価格が相場の六割程度ということもありました。
裁判所は、人のお金のことなので1円でも多く取り返すという気持ちがなく、すぐにお金に代わって一件落着させることを考えますので、低くなりがちです。
但し、良い物件には多くの関心が集まるので、相場以上に過熱することもあるので購入価格を最初から決めておく方をお勧めします。これには当然のごとく、アパートなどの収益物も出てくるので、うまくいけば入居者付で安価に手に入ることもあるわけです。
これも不況になると増えるので、不況を待って購入することが正解。価格が上がりきる、融資枠拡大期には相場以上にお金が膨らみ、競合相手が増えるので残念ながらお勧めできません。
バブル崩壊後、動きが止まった不動産業界だが…
誰もこの情報をもっていないというものにこそ価値があるのです。同じものを購入するとなると、おのずと価格は上昇し、買うに値しなくなります。こうしてバブルが始まり、多くの人が自分の家を売り郊外に転居しましたが、不動産投資も最盛期を迎えたところで終わりを告げました。
平成二年三月の通達によってバブルの融資総量規制と総利益総税金規制で五年以内の短期売買にはほとんど利益が出なくなり、日本の不動産業は平成三年から十五年間ほど死んでしまうことになったのです。
但し、融資が止まっただけなので現金があれば、再び地価が下がったおかげで収益建物は、選り取り見取りで利回り20パーセントという物件がぞろぞろと売りに出されたのもこのバブル崩壊後のことでした。誰もお金がないので需要ゼロです。銀行からの催促は矢の如く、しかも朝から夜まで続く。売却することが至上命令であった頃がありました。金さえあれば商売は簡単です。それも溢れるほどの資金があればさらに資産は増えていくわけです。誰も購入できない融資規制の時代は天国でした。数千億の物件さえ一桁で購入できるような仕組みを考えた人間は多くの日本人の生き血を吸ったわけです。
もちろん株価も底を打ったので、平均株価は三分の一まで下がって高値買いしていた人たちは、これから十数年間資金を動かせない時代が続きました。世にいう塩漬け時代の到来です。
一方、バブルでも儲かり、融資規制でも儲かる。今なら、このような規制が始まれば、どれだけ今後の利益を見込まれ、笑いが止まらないほど先読みができると思えます。誰も経験者がいないと過去を研究するところだけが利益を掴む、というより、この状況を演出して強制的に利益を生み出す方法を考えた法人は狡猾だが偉いともいえます。いまなら、じっと耐えれば必ず回復すると分かっているので多くの法人は銀行の命令など無視するでしょう。
残念なことに安倍政権が経済の最大法則を実践したため、今後は経済を操るためには日本のバブル期の経済上昇を目指して、インフレにならないような舵取りで日本銀行が資金を放出すれば景気は簡単に回復すると世界に知らしめた功績は大きいのではないでしょうか。