相続対策を検討している高齢不動産オーナー
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【相談】
都心部へのアクセスが良い地域にアパート2棟所有しているAさん(仮名・71歳男性)。毎月200万円以上の賃料収入があり、ローンを完済したこともあって、相続財産となる現金は膨らむ一方です。友人の税理士からも相続対策を勧められますが、Aさん自身は高齢で不動産管理にやや疲れてきたこともあり、これ以上、不動産を増やしたくないと考えています。
Aさんには妻と長男がいます。妻は不動産に無関心ですが、長男は自分でもワンルームマンション投資をしていて、不動産にはやや詳しいタイプ。Aさんとしては将来、長男に自身のアパートを引き継いでもらい、自分亡きあとも妻の生活を支えてほしいと考えています。
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もし、認知症を発症するなどしてAさんの判断能力が低下すれば、Aさんは法律行為ができなくなります。アパートを長男に引き継ぐことも、入居者と賃貸契約を結ぶことも、アパートを売却することなどもできません。
Aさん自身の希望も考慮しながら相続対策と認知症対策の両方を実行するには、どうすればよいでしょうか?
《回答》Aさんから長男へ、収益不動産の所有権を生前移転する
Aさんの判断能力が低下する前に、親族間売買によりアパートの所有権を長男に移転します。
本事例のように賃貸経営が順調でローンが完済した場合、貯まった現金を頭金として次の不動産を購入することも、相続対策の方法の一つです。
一方、不動産を増やさない理由として、Aさんのように管理に疲れた場合だけでなく、人口減や空き家増加の状況下での不動産市況を憂慮する場合や、不動産ならではの分割しにくさが紛争の要因になるとして、不動産より預貯金や金融商品という形で遺すことを選択する方も多くいらっしゃいます。ただ、現金は分割しやすいですが、増加し過ぎると節税上、何らかの対策は必要になってきます。
収益不動産から賃料収入が多く発生している場合、現金を必要以上に増やさない即効性のある対策は、アパートの所有権を相続人等に移転して賃料収入の受取人を変更することです。
不動産賃貸から生じる地代や家賃は、不動産の使用対価として収受される金銭であり法定果実といいますが、この法定果実は不動産の所有者に帰属します。
そのため、本事例のようにAさんから長男にアパートの所有権が移転した場合、所有権移転時以降にアパートから生じる家賃は、長男の所有物として長男自身が取得することになり、結果としてAさんの相続財産としての現金増加を抑えることができ、相続対策となります。
また、所有者が変わることでアパートの管理・処分権も移転するため、この先Aさんが認知症になっても、賃貸借契約の締結や解約、修繕工事の実施等に影響を及ぼさず、賃借人に迷惑をかける心配はありません。
Aさんが「所有権を移転した結果」を見られるというメリットも
さらに、生前にアパート所有権を相続人に移転することのメリットとしては、死亡してから効力が生じる遺言とは異なり、Aさんが生前のうちに、新たに所有者となった長男によるアパート経営が見られることです。
遺言では、自分がいなくなった未来を想像して作成するしかありませんし、遺言の効力は亡くなったあとに発揮されるものですから、実際に想像どおりの結果になったか否かは遺言者本人は知り得ません。
一方、生前の移転であれば本人自身が移転後の状況を確認できます。長男のアパート経営がうまくできていれば安心できますし、そうでなければ直接アドバイスして改善することもできます。
ただ、アパートは2棟ありますので、所有権移転の対象についても、賃料総額が大きいほうのアパート1棟のみを移すのか、2棟全部を移すのかは、相続財産全体でのバランスやAさんの老後計画によって検討する必要はあります。
所有権移転の方法 ~家族信託、生前贈与、親族間売買を比較
所有権移転については、どんな方法で行うのかは検討が必要です。
まず、今注目されている家族信託で信託設計した場合はどうなるか? 例えば、委託者:A、受託者:長男、受益者:Aとする、いわゆる自益信託(*1)とした場合、贈与税がかからず認知症対策にもなりますが、Aさん自身が賃料を受け取る状況は変わらないため相続対策には不十分です。また、委託者:A、受託者:長男、受益者:妻とする、いわゆる他益信託(*2)とした場合、認知症対策になり賃料収入はAさん以外の妻が受け取りますが、贈与税がかかります。
(*1)自益信託:委託者と受益者が同じ信託のこと。自分の財産を信託して利益を受分で受け取る場合の信託をいう。
(*2)他益信託:委託者と受益者が異なる信託のこと。受益者が自分以外の委託者が信託した財産から利益を受け取る場合の信託をいう。
それならば、シンプルにアパートを生前贈与した場合はどうなるか? 本事例の場合、月額賃料200万円以上の賃料収入がある地域なので、アパートの評価額によっては高額な贈与税が発生することが懸念されます。
そこで、親子間による親族間売買での所有権移転を検討することになります。
親族間売買とは、親子間や兄弟姉妹間、叔父叔母間などの身内同士が直接行う不動産売買です。
同じ直接売買でも、他人同士による個人間売買では、銀行融資の条件に不動産会社が作成した重要事項説明書の提出が必須となるため、相手が決まっている個人間売買でも仲介手数料を支払って重要事項説明書の作成を依頼することになります。
一方、親族間売買では、通常取引に比べて特殊な間柄での売買となるため、そもそも融資は原則取り扱わない銀行が多くなります。融資が使えるにしても、特定の不動産会社の提携先銀行であったり(この場合、仲介手数料の支払いが発生する)、融資条件として保証人や別の不動産など人的・物的担保の追加を求められたり、金利が高い不動産担保ローンであったりします。
一般的に、不動産売買で融資が利用できないとなると、売買代金に対する買主の資金調達の負担が大きくなり、売買自体が難しくなります。
では、不動産会社に頼らず、まとまった現金を用意せずに親族間売買するにはどうすればよいか? 方法としては2つあります。
【方法1】売買対象を建物のみとする
【方法2】一部頭金を入れ、残りは割賦払い(分割払い)とする
本事例の場合、Aさんの生前の家賃収入を長男が取得することが主目的のため、建物だけ長男が所有者になれば賃料を受け取ることができます。また、売買代金に土地代金が含まれない分、売買総額は土地・建物一括よりも安くなります。その場合、土地利用権は一旦使用貸借(無償)として、土地所有権については将来長男が確実に取得できるように遺言を作成しておくと安心です。
不動産割賦売買とは、売買代金の全部または一部について、売買物件の引き渡し後1年以上の長期間にわたり2回以上に分割して受領する条件で売買する、いわゆる分割払いによる契約形態をいいます。
通常、再建築不可物件など融資が利用できない場合に使う方法ですが、売主さえ了承すれば、まとまった現金を用意せずに購入できるという点で親族間売買でも利用されます。
ただし、本事例のようにローンが完済している不動産しか割賦売買は使えません。また、所有権の移転時期、割賦期間、割賦払い利息、支払い滞納時のリスクヘッジなど、契約書作成時に決めておく事項はたくさんありますので注意が必要です。
不動産割賦売買については、今後、別の記事でも解説していく予定です。
平田 康人
行政書士平田総合法務事務所/不動産法務総研 代表
宅地建物取引士
国土交通大臣認定 公認不動産コンサルティングマスター
「相続・遺言・終活・不動産」に専門特化した行政書士事務所として活動。“行政書士業務”と“宅地建物取引業”を同時展開する二刀流事務所として、共有不動産の競争入札による売却や、仲介手数料が不要となる親族間・個人間不動産売買のサポートにも対応している。著書に『ビジネス図解 不動産取引のしくみがわかる本』『最新版 ビジネス図解 不動産取引のしくみがわかる本』(どちらも同文館出版)がある。