自民党総裁選で小泉進次郎氏が打ち出した解雇規制の見直しを巡り、各所で盛んに議論が繰り広げられています。その際、ひとつのキーワードとしてあがる「ジョブ型雇用」。一部の大手企業などですでに導入されている雇用制度です。本記事ではSさんの事例とともに、正規社員の解雇規制緩和によって想定されることについて、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。
ジョブ型雇用で年収2,400万円の45歳サラリーマン、「転職前の年収450万円だったころ」に戻りたいと嘆く理由…正規社員・解雇規制緩和の「皮肉な処方箋」【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

雇用の調整弁として利用される「非正規雇用」と「新卒採用」

企業の採用においては失敗がつきものです。厳格なプロセスを踏んで採用したものの、素行に問題があったり能力が欠如していたりして、言葉は悪いものの「お荷物」となってしまうケースがあります。しかし現状では、解雇は基本的にできません。いわゆる「負債人材」として人件費という固定費を定年退職まで抱えてしまうことになります。

 

そのようなときのための調整弁として、非正規雇用が生まれたというわけです。非正規雇用労働者は、業績悪化のときに真っ先に解雇できる便利な存在になります。しかし非正規の労働者は、正規雇用と比べ所得格差が大きく、その立場から脱出できないという社会問題が続いています。

 

また非正規雇用だけではなく、新卒の学生も雇用の調整弁として利用されています。たとえば2000年~2003年の就職氷河期では新卒求人倍率が0.9倍まで落ち込みました。業績が悪化した際に、新卒採用を抑え正社員の雇用を守らざるをえなくなるのです。

 

このような問題が正規社員の解雇規制緩和によって改善されると考えられています。解雇規制を緩和すれば、能力や適性のアンマッチが発生したときに解雇しやすくなるため、非正規労働者を雇うようなリスク回避をしなくてもすみます。同時に企業の採用活動も活発になるため、一定以上のスキルを身につけた労働者は新しい職場に転職もしやすくなります。

 

このように労働力が流動化することで、企業は攻めの採用活動ができるため、適性のある人材を採用しやすくなり、結果的に業績が上がり、日本経済の景気も回復するだろうという、夢のような将来が描かれているようです。

 

これを聞いてどう思ったでしょうか。なるほどと思えたでしょうか。

 

実際には筆者を含め「この話題はどこを切り取っても不自然さが漂う」と感じる労働者の方が多いと思います。非正規雇用が減るのではなく、正規雇用の非正規化になるだけではないかという懸念があります。大企業なら別かもしれませんが、全企業の99.7%を占めるという中小企業では解雇規制緩和による生産性向上は難しいと思われます。

 

国際労働機関(ILO)のレイモンド・トレス国際労働問題研究所長(当時)は、2013年10月19日の朝日新聞において、「労働者を解雇しやすくする規制緩和が、雇用を生み出したと裏付けるデータはない」と述べたことがあります。トレス氏は安易な解雇を抑えることで、むしろ非正規雇用の増加が抑えられるとしています。