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【目次】
1. AIoTで加速するAI革命
2.「どうにもとまらない」AI開発競争
3. AIという「魔性の杖」
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「創作は模倣から始まる」と言ったのは、ロシアの文豪レフ・トルストイです。一見すると新しいアイディアでも、その多くは身近にあるものの組合せに過ぎないことが少なくありません。わたしたちはこれまで先人の知識を「学習」し、それを「組合せる」ことで新しいアイディアを生み出し、テクノロジーを進化させてきました。しかし、そうしたわたしたちの営みは、AIの登場により様変わりする可能性があります。中でも、膨大な過去データを「学び」、最新のアルゴリズムを使って猛スピードで「組合せ」を行う生成AIは、人間に代わって文章、画像、動画、音声などを生成するだけでなく、複雑な問題解決の「判断」まで行うようになりつつあります。
1. AIoTで加速するAI革命
■チャットGPTに代表される生成AIが、猛烈なスピードで進化しながら急速に浸透しつつあります。最新型のスマホやパソコンはもちろん、ビジネス文書の推敲や作成、車の自動運転、医師に代わって病変を発見する最新の検査機器など、ビジネスから娯楽、医療、最先端の研究など、あらゆる分野でAIがわたしたちに代わり知的な作業を行うようになりつつあります。
■あらゆるものがインターネットにつながることで、私たちの生活を便利にすることをIoT(Internet of Things、モノのインターネット)と言いますが、今はまさにAIoT(あらゆるものにAIが搭載される世界、AI of Things)の時代を迎えつつある、と言ってよさそうです。
■AIoTの進展による経済効果は、「AI革命」と呼ぶにふさわしい猛烈な伸びが期待されています。Bloomberg Intelligenceの調査によれば、今後2032年にかけて生成AIの市場規模は年率約42%の成長が続くものと予想されています(図表1)。72の法則(市場規模などが倍になる期間を求める簡易方法、1年間の成長率で72を割ることで求められる)でわかる通り、生成AI市場は2年もかからずに倍になる「倍々ゲーム」が当面続くこととなりそうです。
<スマホ登場を上回るAI革命のインパクト>
■ちなみに、初代iPhoneが発売されたのは2007年6月29日ですが、総務省によれば同年の世界のスマートフォン(スマホ)出荷台数は約1.2億台でした。その後、スマホの出荷台数は急拡大して2016年には約14.7億台に達しますが、この間の出荷台数の伸び率は年率約32.1%でした。そう考えると、生成AI市場の拡大はスマホ登場のインパクトをも上回る「爆速」で進むことが期待できそうです。
■こうしたAIの成長スピードや伸びしろを踏まえると、今後のAI関連株を投資対象として注目する場合、その「売買タイミング」よりも、投資アイディアに我慢強く「とどまり続けること」が重要なのかもしれません。
2.「どうにもとまらない」AI開発競争
■市場の急拡大が期待される生成AIですが、世界のハイテク業界をリードするGAFAM(グーグルの親会社アルファベット、アップル、フェイスブックを運営するメタ・プラットフォームズ、アマゾン・ドット・コム(アマゾン)、マイクロソフトの5社)はケタ外れのAI開発投資に邁進しています。
■GAFAM5社の過去1年間の研究開発費(公表ベース)の合計は約2,290億米ドル(図表2、8月2日の為替レート1ドル146円換算で約33兆円)ですが、そのかなりの部分がAI開発投資だとされています。ちなみに、TOPIX採用企業2,135社の昨年度の研究開発費が総額で約14.2兆円ですから、GAFAMのAI開発投資が生半可ではないことがすぐにわかります。
■GAFAMによる巨額のAI開発投資を「無謀」とする見方があるのも事実です。しかし、彼らがこうした巨額投資に走るのは、かつての産業革命におけるエネルギー革新と同じように、AI開発でリードした人、会社、国が世界のビジネスを制し、安全保障の面で他国を圧倒し、世界の覇権を手にすると喝破(かっぱ)しているからかもしれません。
■安全保障にかかわる生々しい話をするのは気が引けますが、既にAIを活用した高度で自律的な兵器が、ウクライナやガザ地区などで実戦投入されていると報じられています。ドローンなどの無人兵器への搭載、戦闘機など通常兵器の運用の高度化、そして、膨大なデータの解析を通じた戦略の立案・決定にかかわるなど、最先端のAI開発が安全保障にかかわる優位性を決める決定的な要素となる可能性が高まっています。
■こうした背景もあってか、ロシアのプーチン大統領は軍事用途のAI開発は「1940年代半ばから1950年代の旧ソ連の原爆やミサイル開発と同レベル」と発言、中国の習近平主席も人民解放軍との会合で「AIの軍事利用を強化する」と発言したと報じられています。そして米国防総省は、AIが搭載された自律的な防衛システムの大規模な配備をすすめていて、2025年にはインド太平洋地域に無人機や無人艇が配備されると報じられています。
■現在、米政府はAI開発に欠かせない最先端の半導体や同製造装置について、中国への輸出を厳しく制限していますが、ここにきて規制対象を拡大するなど、対中輸出規制を強化する動きが報じられています。また、世界で流通する先端半導体のほとんどを受託製造する台湾のTSMCは、金門海峡を挟み中国本土と至近距離にある台湾から、製造拠点を日本、米国、欧州などに分散させる動きを強めています。
■こうした一連の動きは経済的な理由もさることながら、米国を中心とする西側諸国の安全保障戦略の一環として行われており、極東地域の地政学リスクを踏まえた動きとすることが出来そうです。そう考えると、GAFAMを筆頭にあまたのベンチャー企業まで巻き込んだ米国のAI開発は、かつてのアポロ計画(民間用途ならロケット、軍事用途ならミサイル)がそうであったように、安全保障に直結する国家プロジェクトであり、引くに引けない世界の覇権争いの「最前線」といえそうです。
■このため、AI開発は今後加速こそすれ、減速することは考えづらそうです。そんな「どうにもとまらない」AI開発をリードする関連企業は、エヌビディアや他のAI関連企業のこれまでの実績が示す通り、これからも「ケタ違いの利益」をたたき出す可能性がありそうです。
3. AIという「魔性の杖」
■「破壊的なイノベーション」といわれるAIの「破壊的」たる所以は、その副作用の大きさにあります。欧州議会はその報告書の中で、AIが労働生産性の向上などを通じて経済成長に貢献すると同時に、①富と情報を独占する超巨大企業の出現、②先進国と新興国の格差の固定化と拡大、③ITスキルを持たない人の雇用の不安定化、そして④貧富の拡大と税収減、といった諸問題への懸念を表明しています。
<AI革命の加速で修羅場と化す私たちの世界>
■社会における所得の不平等さを測る代表的な指標に「ジニ係数」があります。米国ではこの「ジニ係数」がこれまで一貫して上昇傾向にあって、社会の安定を損なう「しきい値」とされる40を上回って推移しています。例えば、「ジニ係数の50超え」が常態化しているコロンビアでは(図表3)、格差の拡大と分断が進んだ結果、政情不安が広がるとともに、治安は極めて厳しい状況にあります。このため、日本政府はコロンビア全土にレベル1以上の「渡航注意」を、そして一部地域にはレベル3の「渡航中止勧告」を出しています。
■今後のAI革命の加速により、米国内外での「格差の拡大」や「分断」が更に進むことになると、たとえAI開発で勝利したとしても、それに伴う副作用が社会全体に重くのしかかってくることとなりそうです。
■莫大な富の偏在、情報の独占、そして圧倒的な軍事力をもたらす、まさに「魔性の杖」ともいうべきAIは、わたしたちの世界に様々な軋轢をもたらす可能性が否定できません。このため、AI開発はその弊害を懸念した政治的な動きによる規制や揺り戻しといった「うねり」に見舞われつつ、長期的には大きな成長を遂げていくと考えておいた方が良さそうです。
<ネット株に学ぶ、今後のAI関連株の展望>
■そう考えると、今後のAI投資はかつてのインターネット関連株がそうであったように、ビジネスモデル、テクノロジー、企業がたとえ「本物」であったとしても、スピード命で先走ることが常のマーケットにあっては、「バブルと背中合わせ」の状態にあって、株価の大きな上下動から逃れることは難しいように思われます。
■1997年5月に上場したアマゾンは、1990年代後半のネットバブルに乗り、99年12月には上場初値の約75.3倍に上昇しました。しかし、バブル崩壊後は大きく値を下げ、2001年10月にはバブル期の最高値の20分の1に暴落しました。このため、一時は蚊帳の外に置かれた感さえあったアマゾン株でしたが、本業の好調が改めて評価されるようになると株価は反転を始め、実に9年越しでバブル期の高値を更新します。その後は、扱い品目の拡大、海外展開、動画配信、クラウドサービスの展開などを通じてプラットフォーマーとしての確固たる地位を築き、今年7月8日にはバブル後安値の731倍、初値の2,683倍まで上昇しています(図表4)。
■ちなみに、バブル後の安値を脱してからの長期上昇相場にあっても、2008年のリーマンショックや2022年のハイテク株の調整局面などでは、株価はあっという間に半値以下に下落しています。こうしたハイテク株の値動きを見るにつけ、AI関連株の今後についても波乱万丈の展開は免れないように思われます。
■仮に、短期的な株価の値動きに気を取られていたら、こうしたハイテク株の驚異的な上昇相場の恩恵にあずかることは難しかったのではないでしょうか。というのも、長い目で見ればわかりやすい大きな上昇トレンドに見えても、その過程では心躍るような上昇や、ぞっとするような下げがちりばめられていて、とても心穏やかに投資を続けることが難しいからです。
■こうした経験に学ぶなら、AI関連株を投資対象として考える際は、短期売買ではなく腰の据わった長期投資を念頭にして検討することに徹するべきでしょう。例えば、短期的な値動きに心を乱されにくい「積立投資」のような手法を使い投資の時間分散を図り、大きな振れ幅を許容しつつ心穏やかに資産形成を続ける「鷹揚(おうよう)な姿勢」こそが大切と言えそうです。
<まとめに>
トルストイは著作「イワンの馬鹿」の中で、イワンの兄弟たちが悪魔からもらった魔法の道具で手に入れた黄金や軍隊を使って国王の座を手にした後、己の強欲さゆえに身を亡ぼす姿をシニカルに描いています。現代の「魔性の杖」ともいうべきAIは、開発競争で勝利した者に莫大な富、圧倒的な軍事力、そして世界の覇権すらもたらす可能性があります。しかし、その副作用の大きさもあって、AI関連株の先行きは波乱万丈なものとなるのではないでしょうか。このため、AIという「投資テーマ」に注目するのであれば、物語の最後には全てを手に入れた「お人好しのイワン」のように、目先にとらわれない「おおらかな投資姿勢」こそが大切なのかもしれません。
(2024年8月9日)
※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。
※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『乱高下必至の「AI関連株」を味方につけるには?黄金をもたらす現代版「魔性の杖」【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】』を参照)。
白木 久史
三井住友DSアセットマネジメント株式会社
チーフグローバルストラテジスト