香典の取得者は、葬儀の負担者が誰かに依る
2.香典の取得者が誰であるかを確認する
(1)香典の意義
香典は、死者への弔意、遺族への慰め、葬儀費用など遺族の経済的負担の軽減などを目的とする祭祀主宰者や遺族への贈与です(遺産分割の実務80頁)。相続人全員の合意がない限り、遺産分割の対象とはなりません。
(2)残余金の使途
慣習上、香典返しに充てられる部分を控除した残余金が葬儀費用に充てられます(遺産分割の実務80頁)。その結果、葬儀費用の負担者が香典を取得することになります。
香典と葬儀費用は慣例上密接に関係しますので、葬儀費用に関する費用の負担を決める際には、念のため、香典の取得者についても話し合った方がよいでしょう。
(3)あてはめ
葬儀費用について長男である私が全額を負担する場合には、香典500万円の取得者も同じく長男である私となるでしょう。
一方で、葬儀費用の全部を相続人全員で負担する場合には、弟たちを含む相続人全員が香典を取得することになります。
葬儀費用の一部を相続人全員で負担し、残余を長男の私が負担する場合には、香典について、①負担割合に従って分ける、②相続人全員の負担部分に優先的に充てる、③長男の私の単独負担部分に優先的に充てるなどいくつかの方法が考えられます。
葬儀費用の負担額の割合によって異なる遺産分割
3.遺産分割前に処分された財産の取扱いを検討する
(1)遺産分割前に処分された財産の取扱い
遺産分割前に処分された財産は、共同相続人全員の同意によって遺産分割時に遺産として存在するものとみなして遺産分割をすることができます(民906の2①)。
共同相続人が当該財産を処分した場合には、当該処分をした共同相続人の同意は不要です(同②)。処分者である共同相続人の同意が不要なのは、遺産分割において相続人間の計算上の不公平を是正するためです(遺産分割の実務168頁)。
処分された財産が被相続人又は相続人全員の利益のために使用された場合には遺産分割の対象とする必要はありません(遺産分割の実務170頁)。相続人間の計算上の不公平がないからです。
一方、処分者が自分の利益のために使用した場合には、遺産分割の対象に組み入れられ、原則として、処分者が処分された財産を取得することになります(遺産分割の実務175頁)。
処分された財産が遺産であるか否かについて争いがある場合には、処分された財産が、民法906条の2による遺産であることの確認訴訟を提起することができるものと考えられています(遺産分割の実務176頁)。
なお、遺産分割前に共同相続人の一人または数人が遺産の全部または一部を処分した場合、不法行為(民709)や不当利得(民703)の問題として民事訴訟で対応することも考えられます。
(2)あてはめ
本事例の場合、長男の私は、遺産分割前に相続財産である父の預金を払い戻して、葬儀費用として使用しています。喪主負担説によると、葬儀費用の負担者は長男の私です。そのため、処分者である私が自己の利益のために引き出したことになります。
処分者の同意は不要なので、弟たちは自分たちの合意のみで預金1,500万円を遺産分割の対象とすることができます。その結果、遺産分割前に出された預金を長男である私が取得することを前提とする遺産分割をすること等で相続人間の不公平が是正されます。
一方、契約当事者説によると、相続人が葬儀費用を負担する場合があります。例えば、葬儀費用の負担者が、弟たちも含めた相続人全員であるとされた場合には、処分された預金は相続人全員の利益のために使用されていることになります。
したがって、この場合には、長男である私が払い戻した預金を遺産分割の対象とする必要はありません。
本事例にある「葬儀費用の1,500万円は高額に過ぎるので認められない」「葬儀費用として認められない部分は、私の先行取得だ」との弟たちの指摘は、法的に分析すると、葬儀費用の一部を相続人全員の負担として認めた上、葬儀費用として相当な金額は遺産分割の対象外とし、それを超える部分は遺産分割の対象に含め、遺産分割の対象とされた預金は長男である私が遺産分割で取得すべきである旨の主張だと解されます。
かかる主張が認められると、私が払い戻した預金のうち、①葬儀費用として相当な金額までは相続人全員のために使用されているので遺産分割の対象とせず、②これを超える部分は民法906条の2による遺産であるとして遺産分割に組み入れ、相当な金額を超える部分について長男である私が取得することを前提として具体的相続分や現実的取得分額等を計算することで相続人間の公平が図られます。
〈執筆〉
関一磨(弁護士)
平成29年 弁護士登録(東京弁護士会)
〈編集〉
相川泰男(弁護士)
大畑敦子(弁護士)
横山宗祐(弁護士)
角田智美(弁護士)
山崎岳人(弁護士)