ファミリービジネスの「長所」と「短所」
非上場のファミリービジネスでは、一族のメンバーが株主として大きな影響力を持ちます。この影響力は、株式の過半数を持たなくても、取締役の多数を選出できることに基づいています。
ファミリービジネスの長所は「長期的な視野での経営」と「迅速な意思決定」にあり、これは一族の結束力の強さによるものです。
しかし、世代が進むと、一族内の結束力の低下により、その影響力は薄れがちです。とくに三世代目以降は、家族の絆が弱まり、創業者の理念が失われることがあります。
また、外部環境の変化は、長年にわたるビジネスモデルの価値の低下をもたらし、ファミリービジネスの継続を難しくします。
利害対立を示す「スリーサークルモデル」とは?
スリーサークルモデルは、ファミリービジネスのメンバー間の潜在的な利害対立を分析するフレームワークです。
「事業を営む会社の株主」「創業家の家族」「企業経営」の3つの要素が組み合わさり、7つの立場を生み出して、それぞれの立場からの利害対立を明らかにします。この分析を通じて、ファミリービジネスが遭遇しうる問題への対処法を見つけることができます。
①事業承継者
→ 配当より再投資を推進。
②経営に関わらない血族株主
例:嫁いだ姉
→ 再投資より配当を要求。
③非一族で株式を保有する経営陣
→ 一族価値に対する理解が低い場合、狭義の企業価値経営に偏り、一族価値を軽視する経営の可能性がある。
→ MBOの受皿となる可能性がある。
④非一族で非経営の株主
例:取引先株主、元従業員・経営幹部
→ 経営方針でもめる場合には買取りの対象
⑤経営に関与しているが、株式を持っていない周辺一族
→ 事業承継については他人事。
→ 責任ある株主行動についての意識が低い。
→ サラリーマン意識になって短い時間で働き高い給与を求める。
→ 社会関係資本(ソーシャルキャピタル)への意識が低い。
→ オーナーシップをもっておらず、一族の一体性の仕組みから外れてしまう可能性が高い。
⑥株式を持たない姻族および未成年血族
→ 一族事業での就業や相続により将来の株主になるチャンス。
⑦非一族で非株主の経営人材
→ 一族についての価値観や一族の一体性が経営にもたらす安定化効果などについて啓蒙を必要とする。
たとえば、ファミリービジネスの利益をどれだけ配当に使い、どれだけを留保するかは、一般的な議題です。この際、家族、株主、経営の役割が重なる長男(①)は、ファミリービジネスの将来を見据えて配当を抑え、留保を増やしたいと考えます。
しかし、家族と株主の立場の長女(②)や、単に家族である長女の夫(⑥)は、経営に関与しないため、より多くの配当を望むことがあります。これにより、経営に携わるメンバーと、そうではないメンバーの間で利害が対立します。
創業家が持つ「無形資産」とはなにか?
ファミリービジネスの事業承継では、有形資産だけでなく無形資産の承継も重要です。無形資産は目に見えないもので、容易に他者には模倣されず、持続的な競争力の源泉となるからです。
創業家が持つ無形資産は、大きく3つに分類されます。
1つ目:一族メンバーが持つ知識やスキル、経験、人脈です。これらはメンバーの個人能力として事業に大きく貢献します。
2つ目:一族の団結力や協働によって生まれる相乗効果です。これにより、一族としての活動が個々の活動よりも大きな成果をもたらします。
3つ目:一族が社会から得ている信頼や評判、社会的地位があります。
これらは、長い事業活動や社会貢献を通じて築かれ、事業成功のために不可欠なものです。
創業家のライフサイクル
ファミリービジネスを所有する一族には、典型的なライフサイクルがあります。このライフサイクルは、一族がビジネスを直接経営する段階から、資産のみを所有する段階へと進展します。
【フェーズ1】オーナー経営
オーナーが経営を行います。一族がビジネスの日常運営に直接関わり、経営の意思決定を行います。この時期は、一族の価値観や理念がビジネス運営の中心になります。
【フェーズ2】非一族のプロ経営者による経営
一族以外のプロフェッショナルによる経営が行われます。プロ経営者たちは、専門的な知識と経験を活かしてビジネスの成長を目指します。
【フェーズ3】一族の理念に基づく資産運用
一族は「理念に基づく資産運用」へと移行します。この時期、一族はビジネスの直接運営から手を引き、一族の長期目標に合わせて資産を管理し、運用するようになります。ここでは、ビジネスそのものよりも、資産価値の維持と増加に焦点が当てられます。
ファミリービジネスを所有している一族が存続するためには、運用資産に一族の理念を反映させることが重要です。理念を無形資産として取り入れることで、運用成績を高めることができるからです。
資産運用の方法は、一族の理念の有無と、資産運用の積極性によって、タイプA~Dの、4つのタイプに分けられます。
【タイプA】
一族の理念を共有し、積極的に資産運用を行うファミリーです。このタイプは、一族の価値観や目標に沿った運用を実施し、無形資産の管理を含め、長期的な財産の成長と維持を追求します。
【タイプB】
一族の理念を共有しながらも、積極的な資産運用を行わないファミリーです。一族の理念に基づく資産の保全には焦点を置きますが、運用に関しては消極的です。
【タイプC】【タイプD】
一族の理念を共有しないで資産運用を行うファミリーです。これらのタイプでは、非効率な運用が発生しやすく、運用成績が悪化するリスクが高まります。
「ガバナンス」の2層構造
ファミリービジネスを所有する一族のガバナンスは「ファミリー(一族)のガバナンス」と「ビジネスのガバナンス」からなる2層構造を持っています。
ファミリーガバナンスは、現在の株主が、未来の株主の利益のために財産を守り、増やし、承継する責任を負っているという考え方に基づいています。
ファミリービジネスでは、経営者の権力が集中しやすく、これが取締役会の効果を弱めることによって、少数株主の利益を損ねるおそれがあります。このため、企業価値の低下や将来の一族株主への悪影響も懸念されます。
この問題に対処するには、効果的なコーポレートガバナンスとファミリーガバナンスの強化が必要です。一族間の利害調整をサポートする役割を、プライベートバンカーが担うケースもあります。
ファミリーガバナンスを強化するため「家族憲章」を作成し、家族会議を定期的に開催することが有効です。
家族憲章とは、一族の理念や価値観、事業承継方針を定めるルールで、トラブル防止の行動指針も含まれます。
家族会議では、ファミリービジネスに関する報告や意思決定、利害調整を行います。これにより、一族とビジネスの連携を深め、コーポレートガバナンスを強化します。重要な意思決定では、一族会議での審議を経て取締役会に意向を伝えることが基本となります。
また「ファミリーオフィス」を設置する一族が増えています。ファミリーオフィスとは、一族の資産を合同で管理・運用するとともに、家族憲章によるガバナンス、一族会議体の運営をサポートする組織です。主な役割は資産運用ですが、お金とは関係のない活動によって無形資産の維持を図ります。
岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
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