(※画像はイメージです/PIXTA)

遺言書も準備し、万全の相続対策をしたつもりだったのに、いざ相続の段になったら「もう1通の遺言書」が出現…。背景には相続人のさまざまな思惑が渦巻いているわけですが、相続の現場においては、さほど珍しくない出来事でもあります。不動産と相続を専門に取り扱う、山村暢彦弁護士が解説します。

相続手続きを行う長男の前に現れた「2通目の遺言書」

筆者の元に、50代の男性から相続トラブルの相談が持ち込まれました。長年同居・介護していた父親が亡くなり、長男である自分が遺言書に従い相続手続を進めていたところ、妹から突如、別の遺言書の存在を知らされて困惑しているというのです。

 

じつはこの手の相続トラブルの相談は珍しくありません。

 

多くの方が想像する相続トラブルというのは、仲のよくないきょうだいが、なにも相続対策しないまま相続を迎えてしまい、遺産分割を巡ってバトル…というケースではないでしょうか。こちらもよくありますが、今回の場合は、万全の相続対策を行っていたにもかかわらず、もう1通の遺言書が出現したことで、想定外のトラブルとなってしまった…というものです。

2通目の遺言書が作成されたのは、父が亡くなる1ヵ月前

被相続人の意思が明確なら、複数の遺言書が遺されることはありません。


しかし、当初は長子に多くを相続させたいと考えていたものの、その後、介護に手を尽くしてくれた末子に相続分を多くした遺言書を作り直す…ということはよくあるのです。


遺言書を作り直せば、後日作成した遺言書のほうが被相続人の意思を反映しているといえますから、日付が新しい遺言書が優先して適用されます。

 

今回も同様で、数年前に作成した遺言書と、最近作成した遺言書が2通現れたのです。

 

しかし今回の場合、新しい遺言書の日付が父親の亡くなる1ヵ月前だったことが、争点のポイントとなりました。亡くなった父親の年齢は80代後半で、数年前から介護が必要な状態であり、亡くなる前は判断能力も曖昧でした。その点から、2通目の遺言書作成時の父親の判断能力が疑問視され、2つの遺言書のどちらが効力をもつかで争うことになったのです。

 

数年前に作成された1通目の遺言書は、すべての不動産を長男である相談者に相続させる内容になっており、父親が長男家族と実家で同居していたこと、妹である長女は結婚して家を出ていたことが、その理由のようでした。ただ、自宅以外にも駐車場やアパートといった収益不動産があり、それらも含め「跡継ぎの長男へ」という考えがあったようです。

 

新しい遺言書は「2人で平等に分割すること」という内容に変わっており、また、1通目では専門家の手が入っていたと思われる、不動産の権利関係やその後の管理、税金対策などについて配慮した部分は、2通目では抜け落ちていました。

弁護士も多く遭遇する「遺言書作成返し」バトル

高齢の父親は数年にわたり、同居の長男夫婦から介助や介護を受けていたのですが、亡くなる数ヵ月前から状態が悪化し、施設へ入ることになりました。

 

しかし、父親が施設へ入所すると、妹が頻繁に出入りするようになり、相談者夫婦をけん制するかのようなふるまいが目立つようになりました。

 

そしてその間、妹は施設のベッドに専門家を呼び、新しく遺言書を作成していたのです。言葉は悪いですが、判断能力の落ちた高齢の父親の相続をめぐり、水面下で「遺言書作成バトル」が繰り広げられていたということでしょう。

 

今回のケースの結論をいうと、裁判所は新しい遺言書を有効とし、遺産は2分割されることになりました。結婚以来父親と同じ屋根の下で暮らし、亡くなる数年前には介護もしてきた相談者夫婦は納得できなかったようで、その後、妹との交流は途絶えたと聞きます。

 

しかし、当初の遺言書は、長男に収益不動産を含むすべての不動産を相続させるという偏った内容であり、2通目の遺言書では「半分ずつ」となっています。もし「長女に遺留分を除く全財産を渡す」という内容だったら、疎遠どころではすまなかったのではないでしょうか。

 

この手の「遺言書作成返し」バトルは、相談のなかでもかなり多く遭遇します。遺言書は作成して終わりではありません。その後も抜かりない対策が求められるのです。

 

(※守秘義務の関係上、実際の事例から変更している部分があります。)

 

 

山村法律事務所

代表弁護士 山村暢彦

 

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