2. 不動産を取得した第三者につき、背信性の有無を調査する
(1)対抗要件を具備していないことを主張できる第三者
法定相続分を超えた権利の承継を第三者に主張するためには、対抗要件の具備が必要であることは上記のとおりですが、ここでいう第三者は、民法177条における確立した判例の解釈と同様、登記等の対抗要件がない旨の主張をすることについて正当な利益を有する第三者を意味するものと解されています。
したがって、無権利者や背信的悪意者は、法定相続分を超えて権利を承継した相続人に対し、対抗要件を具備していないことを主張できません。
この点、改正前の判例では、共同相続人である弟は無権利者であるとされ、弟からその法定相続分に相当する2分の1の共有持分を買い受けた第三者に対し、登記なくして自己の権利取得を対抗できると解されていましたが、改正後(民899の2)の第三者との関係では、弟も法定相続分による権利の承継を受けたものと扱われるので、本事例では、共同相続人である弟からその法定相続分に応じた持分の譲渡を受けた第三者は無権利者とはいえないことになりました。
(2)本事例の対応
当該第三者が背信的悪意者であるといえない限り、私は、対抗要件の具備なくして当該第三者に対し法定相続分を超えた権利の承継を主張できません。
そこで、当該第三者が弟と通謀して不当な利益取得目的を有しているなど背信的悪意者に該当すると評価できる事情がないか調査することになりますが、遺言の存在および内容を知っていただけでは足りず、現実的にはハードルの高い調査になると考えます。
3. 不動産が第三者と共有状態になった場合には共有物分割請求を検討する
本事例において、弟から持分の譲渡を受けた第三者が背信的悪意者に該当しない場合、不動産を当該第三者と私とで共有することとなります。その持分は2分の1ずつであり、過半数の持分権者がいないことから、処分行為はもちろん、管理行為に該当する不動産の改良行為等も双方の同意がないと実施できないこととなり(民252)、例えば建物をバリアフリー化する工事ができないなど、不動産の利用に大きな制約が課されることとなります。
このような共有状態を解消するには共有物分割の手続をとることになりますが(民258)、本事例で第三者から不動産を取り戻すためには、代償分割を選択することになります。
代償分割は全面的価格賠償とも呼ばれ、特定の共有者が他の共有者の持分を買い取る(代償金を支払う)ことで共有の解消を図る方法ですが、判例(最判平8・10・31民集50・9・2563)によって認められたもので、令和3年の民法改正で、明文化されています(民258②二)。
ただし、全面的価格賠償による共有物分割は、上記判例の整理によれば、①共有物の全てを特定の共有者が取得する相当な理由があること、②全ての共有物を取得する共有者に、代償金を支払う能力があること、③持分の価値を適正に評価し、共有者間の実質的公平を害しないことなどの要件を満たす必要があり、分割方法に関する紛争が長期化することも稀ではないことに留意が必要です。
4. 不当利得返還請求権を保全するため、預貯金債権の仮差押え等を検討する
遺言に反して自宅不動産の法定相続分で相続登記をし、自分名義の持分を第三者に売却した弟に対しては、不法行為に基づく損害賠償または不当利得の返還を求めることができます。
この場合、将来の執行の対象となり得る弟の財産として、遺産である預金債権3,000万円の存在が明らかとなっていることから、執行に備えて当該債権を仮差押えしておくことが考えられます。
もっとも、遺産である預金債権が特定財産承継遺言の対象となった場合、その受益相続人(預金債権を相続すべきものとされた相続人)が、遺言の内容を明らかにして債務者たる銀行に通知すれば、債務者対抗要件を具備することとなり(民899の2②)、当該受益相続人単独で払戻しを受けることができるので、仮差押えの必要があるのであれば速やかな対応が求められます。
〈執筆〉
吉岡早月(弁護士)
平成23年 弁護士登録(東京弁護士会)
令和3年6月 個人情報保護委員会事務局参事官補佐(~令和5年5月)
〈編集〉
相川泰男(弁護士)
大畑敦子(弁護士)
横山宗祐(弁護士)
角田智美(弁護士)
山崎岳人(弁護士)
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