当時定番の節税策「全額損金タイプの生命保険」でまさかの危機
電話をしてきたのは、北陸地区を拠点に衣料・雑貨の販売を行う年商約30億円のニシムラ商店(仮名)の西村会長(仮名)でした。西村会長は創業者で、数年前に社長の座を後任に譲られていたのです。
「古山先生! 大変なことになりました!」
あまりにも慌てた声の様子に、こちらも驚きを隠せませんでした。
「西村会長、どうしたんですか? そんなに慌てて」
「うちの社長が、余命1年のガン宣告を受けたんです!」
「えっ! 栗田社長(仮名)ですか!」
「そうなんです。どうも体の調子がおかしい、というので病院に行ったら、わかったらしいです」
ニシムラ商店の栗田社長は、西村会長の親族ではありません。西村会長は、世襲を嫌うタイプでした。会長自身はオーナーとして株を持ち、社内で優秀な人材を育てて、取締役を増やし、その中から社長を抜擢する、という経営スタイルでした。
なかでも栗田社長は生え抜きで優秀な方でした。その栗田社長がガンになるなんて、私にとっても意外だったのです。続けて尋ねました。
「栗田社長はまだ40代でしょ。」
「そうなんです。原因はよくわからないですが、ガンが進行していることは、間違いないようなんです」
「そうですか。それはお気の毒ですし、確かに大変ですね」
「実はこのことも大変なんですが、この関連でさらに大変なことがあって、それで慌てて先生に電話したんです!」
「どういうことですか?」
「このままだと、生命保険で利益が一気に8億円増えそうなんです!」
「えぇっ! それはひょっとして、失礼ないい方ですが、栗田社長がこの先お亡くなりになった時の、死亡保険金、ということですか?」
「そうなんです。さすが先生、お察しの通りなんです」
そのようにいわれて複雑な思いもあり、ことの内容が人の命に関わることなので、なんともいえない微妙な気持ちになりました。
「ところで、その生命保険は、全額損金タイプのものですか?」
「そうです。生命保険でいえば全部で7件になりますが、全部、全額損金タイプの生命保険です」
生命保険にはその当時、支払う年間保険料を全額経費に計上できる商品がありました。それが、全額損金タイプの保険商品です。この保険商品を活用する中小企業の経営者は、たくさんいました。
「利益が出るなら全額損金の保険に入って節税する」というのが、当時は定番の節税策だったのです。しかし、あまりに売れたので、2019年、国税局によってその節税策である全額損金タイプの生命保険は、完全に販売停止にされました。
栗田社長にかけられた生命保険もすべて、その全額損金タイプだったのです。全額損金タイプの生命保険は、その掛け金である毎年の保険料は全額経費で処理できます。しかし、解約した時の返戻金や、受け取る保険金が発生すれば、それらは全額利益になり、課税対象となります。
このトラブルでいえば、栗田社長がガンでお亡くなりになった場合、死亡保険金8億円が会社に入るものの、それは全部、課税対象の利益になる、ということになってしまうのです。
死亡保険金8億円が入れば「4億円の税金」発生
西村会長が慌てるのも、無理のないことでした。年商30億円のニシムラ商店の経常利益は通常、約2億円です。死亡保険金の8億円が会社に入るとなると、特別利益として8億円が計上されます。通常の2億円の経常利益と合わせると、利益は約10億円です。その10億円に対して法人税が約40%、かかることになるのです。
「古山先生、8億円の保険金が入ってくると、おおかた4億円の税金になるんです。それは避けたいんです。なんとかならないでしょうか?」
ということが、西村会長のご相談案件だったのです。
確かに8億円の保険金をもらって税金で4億円払う、というのはなんだかもったいなく、経営者としては腑に落ちません。西村会長のいい分もごもっともなのです。
「わかりました。何か手立てがないか、いろいろとあたってみます」
「ありがとうございます!」
「確認ですが、決算月は7月末ですよね」
「そうです。あと4ヵ月くらいです」
「それと、生命保険のリストと、それぞれの保険証券のコピーを送ってください。保険の中身がわからないと、確認しようがありませんので」
「わかりました。すぐに手配してメールで古山先生あてに送信します!」
「よろしくお願いします」
ということになり、最初の電話でのやりとりを終えました。
【解決策】死亡保険金を「年金受け取り払い」に変更する
後日、送られて来た資料をもとに、何か策となることがないのか、法人保険のプロフェッショナルの大久保さん(仮名)に電話をして相談しました。
「大久保さんお久しぶりです」
「これは古山先生、こちらこそお久しぶりです。どうされたんですか」
ということで、ことのいきさつを大久保さんに説明し、何か策がないものか、聞いてみました。すると、意外にもあっさりと答えが返ってきました。
「それは簡単ですよ。保険金を『年金受け取り払い』にしてもらう手続きをすればいいんですよ」
「大久保さんすみません、その年金受け取り払いって、どんなものですか?」
「わかりやすくいえば、保険金を何年かに分けて、分割で受け取る仕組みです」
「えっ、そんなことできるんですか?」
「できますよ。手続きも簡単です。書類1枚に記載して捺印するだけなので、1日あれば完了しますよ」
「何年かに分けて、というのは、何年くらいですか?」
「それは、保険会社やその商品によって異なりますけど、一番長いのなら、30年に分割して受け取る、というのもありますよ。おそらく、どの商品も上限はありますけど、分割年数は任意に申請できるはずです」
なぜ保険販売員は「年金受け取り払い」を教えてくれないのか?
生命保険のことはある程度理解していると思っていましたが、受け取り方についてそんな方法があるとは、その時初めて知りました。しかし、そのことを知ると、ある疑問がわいてきたので、大久保さんに尋ねました。
「しかし大久保さん、そんな便利な受け取り方があるのなら、保険を売る人はどうして保険を売る時点で、そのことを教えてくれないんですか?」
「それはこの年金受け取り払いというのが、保険契約後にしかできない特約事項だからですよ」
「どういうことですか?」
「法人相手に生命保険を販売する人の多くは、売るまでのことしか考えていない人が多いんです。これはよくないことなんですが、そういう人たちは、保険を販売契約したあとにできる、特殊な特約事項のことなんて、もう忘れてしまっているんだと思います。売ったらそれで終わりなんです。ひょっとしたら、年金受け取り払いのことを知らない保険販売員がいてもおかしくないですよ」
「えっ? だったら、ニシムラ商店の保険も、それぞれの保険販売員に聞かないといけないですね」
「そうですね。まずはニシムラ商店さんから各保険の販売員に、『保険金を年金受取払いに切り替えたいから手続きしてください』と、伝えてもらってください」
「なるほど」
「なかには、『そんな特約はないです』、という人がいるかもしれません。でも、私が保険証券を確認したところでは、どれも年金受取払いの特約が付いている商品でした。なので、『ない』といわれても、『あるはずだからもう一度よく調べてください!』と詰め寄ることです。単に知らないだけなのに、『そんな特約はありません』と平気でシラをきる保険販売員がいるかもしれないので」
「そうですか。保険販売員も、銀行員と似たようなものですね」
「いやぁ、悲しいかな、そうなんですよ」
大久保さんも、そういい切ったものの、自分自身も保険販売員なので、ちょっとバツが悪そうな感じでした。気持ちを取り直してもらうべく、声をかけました。
「取り急ぎ、全部で保険会社が4社です。それぞれ担当者が違うようなので、西村会長にお願いして、全員にあたらせます。しかし、今からでも手続きは間に合いそうですか?」
「間に合いますよ。亡くなる1日前でも、捺印して提出すれば、完了しますから」
ここは自信たっぷりに答えてくれました。それだけでも、心強く感じました。
このように、私たちに持ち込まれるトラブルには、各分野のスペシャリストの智恵に助けられる、ということがあります。大久保さんもそのひとりです。各スペシャリストとのネットワークは、私たちの仕事にとって、とても大切なのです。
若社長は早く亡くなるも、「高額の税金の支払い問題」は解決
早速、西村会長に連絡し大久保さんから聞いた策を伝え、各保険販売員に逐次、年金受取払いへの切り替えの連絡をしてもらうことになりました。
数日後、西村会長から途中経過の連絡がありました。
「古山先生! おっしゃってた通り、『そんな特約はないです』という保険屋が二人いました!」
「やっぱりいましたか!」
「聞いていたのと、まったく同じ返事だったので、笑いそうになりましたよ。『絶対にあるはずだから、もう一度よく調べてください!』っていってやりました」
「そうですか。他は大丈夫でしたか?」
「はい、他の保険屋は、『あ、はい、そうですか、わかりました』と皆なんだかぎこちない感じでしたね」
「年金受取払いの要望なんて、ほとんど受けることがないでしょうから、面食らったんでしょう」
「確かに! ほんとにそんな感じでした!」
全部で7件のうち、5件はスムーズに進み、死亡時の受取保険金は年金受取払いの特約に切り替えました。その申込用紙も見せてもらいました。保険会社によってフォーマットの違いはありますが、すべて1枚の書類でした。分割年数が最高15年のものや、30年のものがありました。
西村会長に聞きました。
「結局、何年の分割受け取りにされたのですか?」
「全部10年で申し込みました」
「ということは、10年間、毎年8000万円の利益が計上される、ということですね」
「そうです。でも8000万円程度の利益なら、節税するにしても手立てがあるように思えるんです」
「そうですね。8億円では厳しいですが、8000万円なら、対応できそうですよね」
「はい。それと、そんな特約はない、といってた二人からも、『調べたらありました!』と連絡が来て今、申込用紙を送ってもらっています」
「そうですか! それはよかったですね」
「栗田のことは、どうすることもできず残念ですが、生命保険の問題はこれで解決しました。古山先生、本当にありがとうございました。栗田がいなくなるかもしれないというだけでも大変なことですが、さらに高額の税金の支払い問題を、どうすればいいのかわからず、パニックになっていましたから」
「そうですか…栗田社長はよくやってくれていましたからね。それは本当におつらいことだと思います」
「こんな形のマサカの坂も、あるんですね」
その後、すべての生命保険の受取を、10年間で分割して受け取る手続きを無事に終えました。そして、その2ヵ月後に、残念ながら栗田社長はお亡くなりになったのです。医者から通告されていたよりも短い命でした。若い社長のお葬式というのは、とても心苦しいものだと感じました。
次期社長には、栗田社長の後輩となる優秀な取締役が就任することになり、西村会長のもと、新体制での経営に邁進されています。
命に関わる大きな事件でしたが、生命保険の年金受取払い、という智恵を授かることができました。このような事件がなければ、その特約のことを知ることは、なかったかも知れません。
社長としての功績と今回のその意味においても、栗田社長には、感謝の思いでいっぱいです。
<この事例の解決法&予防策>
●生命保険は出口のことを考えて決める
●会社でかける保険は、法人保険の専門家に依頼する
●身の丈を超えた生命保険への加入はしない
古山 喜章
1965年大阪生まれ大阪育ち。関西大学社会学部卒。
株式会社ICO(アイ・シー・オー)コンサルティング代表取締役社長。
財務改善を主体として中小企業の経営指導をするコンサルタント。