この頃増えている「少数株主からの買取請求」事件
昨今、『非上場の株式を買い取ります』あるいは、『非上場の少数株主に朗報! 株式売却のお手伝いをします』と宣伝する弁護士が増えてきました。
非上場会社、特に中小企業には、株式保有率数%から10%前後の少数株主が存在する、というケースが多いです。しかも経営に関わらない親族の少数株主などが結構います。少数株主とはいえ、その会社の株価が高騰している場合、時価評価額は1億円以上、ということも珍しくはありません。それを会社に買わせようとするのです。
少数株主は多くの場合、経営に関与しないし、財務の知識がありません。自分が持っている株式の価格など、ほぼ知らないのです。そのような株主に対して、
「その株式は高い値打ちがありますよ。私たちがお手伝いすれば、会社に申し入れて高く買ってもらえますよ。その報酬は、成功報酬の10%でいいですよ」
などという弁護士が、新聞広告を出したりしています。中小企業には、少数株主がたくさんいて、その人たちを揺り動かせば、自分たちの稼ぎに繋がる、ともくろんでいるのです。
今回の事例は、そのような弁護士から、1通の文書が配達証明付きで会長の手元に届いたことから始まりました。
やはり来た…株式15%を持って退職した“元後継者”からの請求
「古山先生! 知らない弁護士から株式の買取請求が来ました!」
と連絡をくれたのは、東海地区で人材派遣業を営む、中部人材株式会社(仮名)の岡田会長(仮名)でした。年商は約25億円です。
「やっぱり来ましたか!」
私は、そのうちに来るだろうな、という気がしていました。ことの経緯は、次の通りです。
中部人材には1年前まで、岡田会長の長男であり、株主でもある岡田太一さん(仮名)が、まだ常務取締役として在籍していました。太一さんは当時、38歳でした。
20代半ばで、他社から、父の経営する中部人材に転職してきました。
その後5年くらい経過して、以降、当時は社長だった岡田会長は、太一さんを次代の後継者として社長に育てようとしていました。それに伴い自分の株式も、長男に少しずつ移しておこう、ということで、岡田会長は毎年数百万円分の株式を、長男へ贈与していました。
10年近く贈与することで、3年前の時点で、太一さんは25%の株式を持つ株主になっていました。
働きぶりを見たり聞いたりするなかで、少し不安はあるものの、自分が社長の座を降りて、太一さんを社長にすれば、態度や行動も変わってくるだろう。岡田会長は最初の頃は、そう思っていたのです。
しかし、会長の思う通りにはいきませんでした。太一さんには『社長』というポストは、荷が重すぎたのです。というか、向いていなかったのです。悲しいことですが、このようなケースを、中小企業では時折見かけます。結局、太一さんが社長になることはありませんでした。
岡田会長は太一さんを常務取締役の座から外しました。取締役就任から十数年後のことでした。それなりの退職金を支払い、取締役からも外しました。太一さんもそれを望んでいました。
「もう、父のもとで仕事をしたくない」
役員を退職の折、本人は私にそういって、一筋の涙を流したのです。
太一さんのあとは、生え抜きで非同族の長瀬常務(仮名)が、社長に抜擢されました。太一さんの常務時代も、実務は長瀬常務が完全に仕切っていたのです。同時に、岡田社長は代表取締役会長の座に就任しました。
結局、太一さんは父である岡田会長に尋常ではない思いを持ったまま、会社をあとにしたのです。
「父のいいようにされて、自分の人生はひどいもんだ」
そのような思いだったのです。
太一さんは退職の時点で、25%の株式を保有していました。中部人材の財務体質は堅調でした。純資産が約6億円あり、自己資本比率は60%ほどでした。25%の株式だと、その時点でもざっと計算して約1.5億円です。
「これは何か手を打っておかないと、いずれ太一さんの株でトラブルが起こる」
そう確信していました。会社から放り出された太一さんは、いずれ25%の株式を時価評価で買ってくれ、と会社にいってくるに違いない、と察知していたのです。
それでなくても、少数株主に「株を会社に買い取ってもらうお手伝いをします!」という、よからぬ弁護士の広告が新聞やネット上で出回り始めた時でした。気づかれては大変です。早めに手を打つ必要がありました。25%もの株式を持っている太一さんが、そんな弁護士のもとに駆け込めば、彼らは喜んで仕事を受けるはずですから。
それに、太一さん本人から買い取るだけならまだしも、太一さんから他の第三者へ株式が移ってしまうことは、なんとしても避けたかったのです。
2週間以内に返事しなければ、譲渡を認めたことになってしまう
「譲渡するには取締役会での譲渡承認が必要だから、譲渡できないでしょ?」
という方がいらっしゃいます。ですが、その認識は大きな間違いです。
定款に記載された譲渡承認は、単なる手続きのことなのです。譲渡そのものを、無効にすることはできません。譲渡承認の請求をする側の多くは、買取人の指定を申し入れてきます。そうなると、承認しない場合は、会社が買うか、買取人を指定する必要が出てきます。しかも、2週間以内に返事をしないといけません。返事をしなければ、譲渡を認めたことになってしまうのです。
「そんなこと聞いていない!」といっても始まりません。会社法では、そうなっているのです。そのようなことから会社を守るために、ひとつだけ方法がありました。
それは今後の株式分散対策として、「種類株式」を活用することでした。
種類株式には、9種類の項目があります。そのなかの、『取得条項』という要素を、現状株主が保有する、すべての株式に付けることにしたのです。
1年前、太一さんの買取請求に備えて付けた「取得条項」の中身
『取得条項』とは、株式の分散防止に使われる、種類株式のひとつです。
例えば、『種類株主に次のようなことが発生した場合、その時点でその者が保有する種類株式は発行会社のものとなる。買い取り価額は、相続税評価額とする。』と、定款に記載し登記したのです。
『次のようなこと』の内容は、中部人材の場合、次の項目を含むものでした。
①死亡した時、または意識不明・認知症になった時
➁取締役を退任した時
③株式譲渡承認請求を行った時
④保有する株式を株主以外の者に譲渡した時
これらのことを会社が認識した時点で、その種類株式は会社のものとなる、としたのです。
もちろん、買い取る対価は会社が払うことになります。会社が買い取る値段は、取得条項で定めた、相続税の評価額です。
太一さんは親族なので、それなりの金額になります。しかし、会社の財務体質から見れば、問題のない金額です。それよりも、見知らぬ他の者に株式が渡ってしまうことを、避けたかったのです。
それと、相続税評価額で買う、と定款に明記したことが、のちに生きてくることとなりました(もちろん、さかのぼっての適用はできません)。
太一さんはその時点ですでに役員を退職していました。しかし、『次のようなこと』の③④の項目を設定しておけば、万が一、太一さんがよからぬ弁護士のもとに駆け込んでも、株式を分散することなく会社が買い取ることで解決できる、と考えたのです。
議決権はそのままです。このような取得条項を、発行済みのすべての株式に付けたのです。
それから1年近く経過した時点で、この事例の冒頭にあった通り、
「古山先生! 知らない弁護士から株式の買取請求が来ました!」
と岡田会長から連絡が入ったのです。
そこには、次のようなことが書かれていました。
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譲渡人(岡田太一氏)は、譲渡人が保有する貴社株式を、次の者(譲受人)に譲渡したいので、会社法第136条に基づき、貴社に対して承認するか否かの決定を請求します。承認しない場合、会社法第138条第1号ハに基づき、貴社または貴社の指定する者が本件株式を買い取ることを請求します。
なお、本請求書が貴社に到達した日から2週間以内に返答がない場合は、会社法第145条第1号に基づき、先の譲受人への譲渡を承認したものとみなします。
譲受人 株式会社 米原企画(仮名)
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「2週間以内に、太一さんが株式を譲渡することを認めるか、買取人を指定してください。返事がなければ、そのまま譲渡します」といった内容でした。
その譲渡先は、聞いたこともない株式会社の法人でした。送り主の弁護士は、まさに少数株式を持つ株主相手に商売をしている弁護士でした。
この通達が届いたのは、定時株主総会開催のため、株主である太一さんへ決算書を送付した、3ヵ月後のことでした。おそらく、前期よりも業績が上がり、株価が上がっていることを認識した太一さんが、その弁護士へ相談したんだと思います。
「古山先生、どうしましょうか?」
岡田会長がいいました。
「先方が弁護士を立ててのことなので、こちらも弁護士を立てて対応しましょう」
「そうですね。それなら、長らくお世話になっている弁護士先生がいます。その先生にお願いしようかと思います。名古屋の山下弁護士(仮名)です」
買取価格も「相続税法における評価額」に定めておけば安心
山下弁護士に連絡したところ、会社法にも強い先生であることがわかりました。連絡する前に、中部人材の定款をメールで送っておきました。太一さんの株式には、取得条項を付けているので、先に見ておいてほしかったのです。そこで、電話をして確認しました。
「山下先生、太一さんの株式には、取得条項が付いていて、そこには、『譲渡承認請求をした時』とありますよね」
「そうですね」
「ということは、すでに取得条項の内容が発生していますよね」
「そうですね。株式はすでに、中部人材に移動していることになります」
「取締役会とか、株の買取の支払いとか、関係ないのでしょうか?」
「そうなんですよ。定款では、『譲渡承認請求をした時には株式は会社のものとなる』とありますから。会社が譲渡承認の事実を認識した時点で、株式はすでに移動しています。あとは、その対価の支払いが残っているだけです」
これが、種類株式における取得条項のすごいところです。通常の譲渡制限とは、その効力が天と地ほども、異なります。世代交代が多い中小企業においては、必須アイテムといってもいいくらいの効果があるのです。
「その株式の価格は、どうなりますでしょうか?」
「価格についても、『相続税法における評価額』、と定款で定めてあるので、その価格での買取になります。ここは、議論の余地がないところです。これも助かりました」
「そうですね。そんな記載がなければ、買取価格をどうするかで、もめますよね」
「そうなんです。もめると結局、裁判所が決めることになりますからね」
「その時は、いわゆるDCF方式、ですよね」
「そうです。古山先生、よくご存じですね」
「今までも、DCF方式に振り回された、似たような案件がありましたから」
「そうですか。それは私としても、心強いです」
DCF方式とは、ディスカウント・キャッシュ・フロー方式の頭文字をとったものです。この計算方法になると、今後数年に渡っての見込み利益まで株価に算定されることになります。株価は驚くくらい、想定以上に高くなるのです。それに、もめた結果でのことなので、時間もかかります。そうなることもなく、相続税法における金額での支払いに確定しているだけで、大助かりなのです。
太一さんの弁護士が「あえて譲渡承認請求してきた」ワケ
それと、もうひとつ、山下弁護士に聞きたいことがありました。
「それと山下先生、ひとつ、気になることがあるんです」
「なんでしょうか?」
「先方の弁護士は、太一さんから依頼を受けた時点で、当然、中部人材の登記簿を取り寄せて、その内容を見ますよね」
「間違いなく、そうするでしょうね」
「登記簿を見れば、取得条項が付いていて、株式の譲渡承認請求をした時点で、太一さんの株式は会社のものとなる、ということは、わかりますよね」
「まあ、わかるでしょうね」
「それなのにどうして、先方の弁護士は譲渡承認請求をしてきたのでしょうか?」
「それはまあ、太一さんの株式は中部人材が買うことになるのは取得条項からすれば明白です。だからこそ、その成功報酬を確実にもらえると思ったんじゃないですか」
「なるほど」
「それに、太一さんは25%をお持ちなので、相続税の評価額なら、それなりの金額で会社が買うことになります。先方の弁護士事務所が受ける成功報酬は、おそらくその10%前後でしょうか。彼らにしてみたら、日常的に行っている簡単な手続きでその報酬がもらえるのですから、うまみがあると判断したのでしょうね。たぶん、これは株価でもめることもない簡単な案件ですから。先方の事務所は、若手の弁護士に担当させていると思いますよ」
「なるほど、よくわかりました。太一さんが自分で譲渡承認請求すれば、弁護士事務所に余計な成功報酬を払わなくても済むのに、もったいないですね」
「そうですね。譲渡承認請求の手続きそのものは、難しいものではありませんが、太一さんのような素人の方には無理でしょうから、結局、外部の方に頼んでしまうんでしょうね」
「それにしても、先方の弁護士事務所にすればラクでおいしい仕事ですね。だんだん腹が立ってきました。今後の先方とのやりとりは山下先生のほうからお願いします」
「わかりました。随時、途中経過を古山先生に連絡させていただきます」
「よろしくお願いします」
株式の分散は免れ、一件落着
後日、山下弁護士は、先方の弁護士と直接やりとりをしました。案の定、先方の担当は若手の弁護士だったそうです。その結果、株価の決め方でもめることもなく、会社は太一さんにその対価を払いました。その金額は、1億数千万円でした。
しかし、事前に取得条項付きの種類株式にしておいたおかげで、株式を分散させることなく、会社が買い取ることができたのです。これで株主構成における不安はなくなりました。その結果に、岡田会長は大いに満足していました。
ただ残念なのは、会社を守ることはできたものの、岡田会長と太一さんの、長年にわたって積み重なった、父と子の心の溝は埋まらなかったことです。
会社の繁栄存続を守るためには、厳しいことではありますが、血縁関係を犠牲にしなければならないこともあります。その傷が時の経過で薄まることもありますが、多くはそのまま引きずります。経営にはそのような覚悟を必要とする一面もあるのです。そのことを改めて考えさせられた、事例でした。
<この事例の解決法&予防策>
●後継の親族だからといって、安易に株式を譲渡・贈与をしない
●定款で定める譲渡制限は、株式分散防止の役に立たないことを認識しておく
●中小企業こそ、種類株式を活用する
古山 喜章
1965年大阪生まれ大阪育ち。関西大学社会学部卒。
株式会社ICO(アイ・シー・オー)コンサルティング代表取締役社長。
財務改善を主体として中小企業の経営指導をするコンサルタント。