建材店に税務調査が…狙いは2年前の「オフバランス」か
関東エリアで建材卸業を営む、ヒラタ建材店(仮名)の平田常務(仮名)から電話がありました。ヒラタ建材店とは長いお付き合いですし、平田常務から直接電話が入ることは少なく、何かありそうな予感がしました。
「古山先生! さっき会計事務所から連絡があり、税務調査が行われることになりました!」
平田常務は相当慌てていました。
「日程はいつ頃ですか?」
「11月下旬なので、あと2ヵ月くらいです。調査を受けるには問題のない時期なので、ずらすことなく、受けようと思います」
「平田常務のところは確か、国税ですよね」
「そうなんです。5人で来て2週間、調査するらしいです」
ヒラタ建材店は非上場会社ですが、売上高が100億円を超えています。その場合、国税局が税務調査を請け負う、ということがあるのです。
「2週間か、長いですね。でも、おそらく当局の狙いは、2年前の土地のオフバランスでしょう」
「たぶん、そうだと思います」
ヒラタ建材店は2年前まで、固定資産として各事業所の土地と建物を全部自前で抱えていました。しかもその多くは、先代社長の時代、バブル期に高額で買った土地・建物が多かったのです。そのため、貸借対照表の総資産が膨張していました。しかし、当時とは異なり、それらの土地・建物の価値は大幅に下がっていました。大きな含み損を抱えていたのです。その含み損を売却で吐き出し、総資産を縮めることを、「オフバランス」といいます。
会社で抱えるすべての土地・建物を、その時に作った資産管理会社、ヒラタホールディングス株式会社(仮名)へ売却しました。売却損はざっと9億円です。特別損失で売却損を計上しました。これまでにない、大赤字です。それでも、純資産は3分の1に減っただけで、財務的には問題はありませんでした。
通常、ヒラタ建材店の経常利益は、1.3〜1.5億円です。卸売業なので、売上規模は大きいものの、利幅は小さかったのです。赤字額9億円といえば、通常の経常利益の約6年分です。早い話、6年間は法人税を払わなくてもいい状況になりました。
中小企業の場合、大きな赤字は最長で10年間、繰り越しできます。10年まではいきませんが、6年程度は活用できる大赤字を、ヒラタ建材店は土地・建物の「オフバランス」で計上していました。国税局が調査に来たがるのも、無理はないかもしれません。
少し慌てた感じで電話をしてきた平田常務を安心させるべく、私はいいました。
「常務、あのオフバランスはしっかりとエビデンス(証拠)を揃えているから、調査に来て見られたところで、何も指摘されるところはないですよ」
「そういっていただけると、なんかちょっとほっとします」
電話でのやりとりで、調査を受ける際の注意点を伝えました。その後、必要資料をある程度揃えて、税務調査が始まる時期を迎えたのです。税務署でも国税局でも、準備してほしい基本資料は、事前に知らせてきます。とはいっても、指示された資料を全部完璧に揃える必要はありません。なかには、そんな資料はもう残っていない、というものも、あるのです。そうして、税務調査が始まりました。
9億円の不動産売却損をなんとか非承認に持ち込もうとする国税
税務調査が始まって数日後、平田常務からまた電話がありました。
「先生! 国税は明らかに、うちのオフバランスを狙っています!」
「やっぱり! そりゃそうでしょ」
「土地・建物のオフバランスに関係する資料を、五人のうち、三人で調べています。残りの二人は、他の勘定科目や売上高に期ずれなどがないか、みたいなことを調べています」
「で、なんか指摘されそうなの?」
「いやぁ、今のところ、議事録とか、土地・建物の鑑定評価の資料とか、いろいろ見られて質問はきていますけど、指摘を受けそうな感じではないです。でも、何かないか、としつこく調べている、という様子ですね」
「なるほど。でも、いくら調べたところで、指摘を受けるようなところはないですよ」
「私もそう思っています。でも、それでも不安なんです」
税務調査を受ける経営者の気持ちは、皆さん同じです。調査する側から、“何か悪いことをしているのだろう”という目で見られているのが、ありありとわかるからです。
税務調査はそのまま進みました。狙いのオフバランス以外には、何も指摘を受けるところがないようでした。それもあってか、ますます、調査の的(まと)はオフバランスに絞られていきました。国税局はなんとかして、オフバランスで損金計上された9億円の大赤字を、非承認に持ち込もうとしていたのです。
鑑定評価にムリはないか、議事録はくまなく整備されているかなど、数名で担当を入れ替えながら、繰り返しチェックが行われました。
経営陣は「評価額から10%減額したこと」を心配していたが…
ヒラタ建材店は鑑定評価を、地元の不動産鑑定士に依頼していました。その鑑定表の額から、10%を落とした金額で、資産管理会社へ売却していたのです。当初、平田常務をはじめ経営陣は、そのことを心配していました。
「評価額で売却しないと、まずいことはないのでしょうか?」
「評価額は相場の参考価格ですよ。それをもとに、売る側と買う側が交渉するのが、通常の売買取引です。多少の値引きや値上げは、よくある話じゃないですか。それに、ある程度の力関係もあれば、取引上の忖度(そんたく)なんかも、交渉時には、働くでしょ」
「そういえばそうですね。何せ、オフバランスなんて初めてなので」
「世間で騒がれた、森友学園の問題なんかは評価額から8割も減額して売買したから、大問題になったんです。御社の場合、評価額から10%落としただけですよ。それも、複数の土地・建物を全部一括で買うから、という条件のもと、減額したんです。まとめ買いをするから安くしてもらう、というのも通常の取引では、よくある話でしょ」
このようにオフバランスを実施した際に、経営陣とやりとりをして、説明していました。
実際、評価額からの減額についての調査状況を平田常務に尋ねました。
「売買の時に評価額から10%減額したことは、何かチェックされましたか?」
「いえ、私も心配していましたが、減額そのものはチェックが入っていないです。鑑定評価の資料は丹念にチェックしている感じですが、それよりも、ちょっといやな依頼がきました」
「なんですか?」
「資産管理会社の株主をしている従業員に、面談をさせてほしい、というんです」
オフバランスをする際、売る側の会社が同族100%の株主構成ならば、買う側の会社も同族100%だとすると、売却損を損金計上できません。「グループ法人税制」というものがあり、そのような規制があるのです。ただし、同族100%ではダメですが、極端な話、1%でも非同族の者が株主にいれば、損金計上できるのです。
ヒラタ建材店の場合、資産管理会社の株式を5%、経営幹部の従業員である、山口部長(仮名)に持ってもらっていたのです。そのこと自体は、不正でもなんでもありません。
「山口部長に面談したい、っていってるんですか?」
「そうなんです。今日明日、山口は支店に勤務しているので、ということで、明後日に面談を受けることになりました。それまでに、本人と打合せをしておきます。何か注意点があれば、教えていただけませんか」
「節税」という言葉を使わない、聞かれたこと以外は答えない
ということで、山口部長に理解しておいてほしい、いくつかの注意点をお伝えしました。
「絶対にいってはいけないのは『節税のタメだと聞いています』ということです。“節税”という言葉を絶対に使わないことですね。山口部長は、資産管理会社設立時の株主メンバーですから、単純に、そのメンバーに入れて光栄でした、ということを伝えてもらえばいいんですよ。あとは、聞かれたこと以外は、答えない。これは、税務調査全般にいえることですけどね」
「わかりました。そのことはしっかり伝えておきます」
ということがあり、数日後、山口部長の面談が終わり、平田常務から連絡がありました。
「無事に終わりました! 調査官からいろいろ質問受けたみたいですが、なんとか切り抜けました!」
山口部長に面談を申し込んだ国税局の「思惑」
「どんな質問を、ご本人は受けたんですか?」
平田常務に聞いたところ、次のようなやりとりでした。
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調査官「山口さんは、ヒラタホールディングス株式会社の株主ですね」
山口「そうです」
調査官「この会社は、どんな会社なんですか?」
山口「ヒラタ建材店で使う土地・建物を持っていて、建材店に貸している会社です」
調査官「では、年商はおいくらなんですか?」
山口「年商は、よく知りません」
調査官「じゃぁ、経常利益はどのくらいですか?」
山口「経常利益もいくらだったか、今すぐにはわかりません」
調査官「そうですか。株主なのに、年商も知らないし、経常利益も知らないのですか」
山口「はい。世間の株主さんはみんな、その会社の年商や経常利益を知っているんですか?」
調査官「そうとはいいませんが、それで株主といえるのかな、と思いましたので」
山口「知らないですけど、株主です」
調査官「それは、平田常務から何か頼まれて、株主になったんですか」
山口「そうですね」
調査官「そうですか。どういうふうに頼まれたんですか?」
山口「どういうふうにって、今度新たに資産管理会社を作るから、株主になってもらえないか、ということだけですけど」
調査官「他には何かいってなかったですか」
山口「いえ、別に。他にとは、例えばどんなことですか?」
調査官「それは私にもわからないんですが、何かあればと思いまして」
山口「特にないです」
調査官「本当ですか? 嘘だったら、山口さんも不正に加担したことになりますよ」
山口「本当です」
調査官「では、どうして山口さんは、その申し入れをOKしたんですか?」
山口「うちの会社は、創業以来、平田一族が皆さん株主になっています。そのことはほとんどの社員が知っています。そんななか、別会社とはいえ、同族以外の者で初めて誰かを株主にしようという時に、私に声をかけていただいたんです。これは私にとってはすごく名誉なことなんです。これを断る理由は私にはありません。この会社の年商規模とか経常利益とかの問題ではないんです」
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このようなやりとりが、調査官4人と、山口部長1人の間で行われたのです。4対1、というだけで、山口部長には、相当のプレッシャーがかかったはずです。
面談が終わって山口部長は退席しました。入れ替わりで部屋に入った平田常務に、調査の上官がこう告げたそうです。
「山口さんは、ヒラタホールディングス株式会社の株主としての、自覚がありました」
それは、株主として問題なかった、と告げられた瞬間でした。同時に、今回のオフバランスには、まったく不手際はなく、問題のないものであった、と証明された瞬間だったのです。
国税局としては、山口部長は株主としての自覚がなく、平田常務から頼まれてわけもわからず株主名簿に名前を連ねていた、それは単なる名義株主で、グループ法人税制をかいくぐるための節税策だ、と認めさせようとしていたのです。
山口部長が株主になったのは、節税のために協力した、ということにしたかったのです。先の調査官と山口部長の面談内容からも、そのような様子が十分にうかがえます。
しかし、面談の結果、その思惑は外れたのです。
ヒラタ建材店、ほぼ無傷で税務調査を終える
結局、調査は空振りに終わり、印紙税と交際費での指摘による、若干の修正申告に留(とど)まりました。再び、平田常務から連絡が入りました。
「いろいろご指導いただいたおかげで、大した修正なく終了しました。ありがとうございました」
ほぼ無傷に近い調査結果に、平田常務をはじめ、経営陣は満足されたのでした。
<この事例の解決法&予防策>
①不動産売却でオフバランスをする時には、不動産鑑定士の評価を得て、価格決定の経緯を議事録として残す
②売買契約やその後の賃貸契約は、通常の会社間で行われるのと同様に行う
グループ法人税制の対策で作る会社の株主には、株主である自覚を持たせておく
古山 喜章
1965年大阪生まれ大阪育ち。関西大学社会学部卒。
株式会社ICO(アイ・シー・オー)コンサルティング代表取締役社長。
財務改善を主体として中小企業の経営指導をするコンサルタント。