(画像はイメージです/PIXTA)

日本には優れた技術を持つ中小企業が多数存在する一方、経営者の高齢化や後継者不足により廃業の危機に立たされている企業も多くあります。今回は、企業の経営者目線ではなく、事業承継サポートをビジネスとする側が、事業承継の現状と問題点をどのように考えているのかみていきます。公認会計士・税理士の岸田康雄氏が解説します。

一筋縄ではいかない…日本の事業承継の問題点

生徒:金融機関(信用金庫)の営業店で働く営業マン(営業部長クラス)

先生:公認会計士

 

生徒:ここ数年の間、お客様から事業承継の相談を受けることが増えてきました。子どもに相続するか、M&Aによる売却では解決できないのでしょうか?

 

先生:そうですね。事業承継といえば、昔は、子どもへの承継が当然で、いまではM&Aにより同業他社への売却が増えてきました。ですが、中小企業の場合は、お子さんが後継者となるのを嫌がる、M&Aの買い手が見つからないなどで、簡単に進まないケースが多いのです。

 

生徒:なぜでしょうか?

 

先生:それは、承継しようとする事業が、経営環境の変化についていけなくなり、収益性が悪化していることが大きな原因だと思われます。GAFAMの時代に、手作業の町工場の経営を続けるというのは厳しく、事業性に問題があると評価しなければいけません。その結果赤字に転落し、債務超過に陥ると、M&Aの買い手はもちろん、子どもが承継を嫌がるのも当然だといえます。

 

生徒:事業承継が進まないと、どのような問題が起こるのでしょうか。

 

先生:日本全体で見ると、景気の悪化だけでなく、産業の衰退、雇用の減少を通じて、国内総生産の減少をもたらすことになるでしょう。近年、事業承継することをあきらめて廃業する中小企業が増えたのは、新型コロナウィルスの影響で景気悪化が続いただけでなく、将来の景気回復が不透明となったこと、そして、70歳を超えた経営者の働く意欲が一気に低下したことも大きな理由だと思われます。

 

生徒:困った状況ですね。日本政府は支援できないのでしょうか?

 

先生:事業承継問題に直面する中小企業を単独で存続させようとする政策として、相続税をゼロとする税制、新型コロナウィルス問題で資金繰りが悪化した企業には、実質無利子・無担保の緊急融資や持続化補助金支給などがあります。

 

生徒:その支援策で事業承継は進みますか?

 

先生:実質無利子の融資や補助金支給は、単なる延命策に過ぎないでしょう。それだけで企業の生産性を向上させることは難しく、悪化した収益性を回復させることはできません。数年後には資金繰りに行き詰まり、借入金の返済も難しくなるかもしれませんから、早めに支援をおこない、問題解決する必要があります。

 

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事業承継支援の「3つの観点」

生徒:私は、会計・財務や融資など、法人に対するアドバイスには自信はありますが、個人に対するアドバイスは、ちょっと…。

 

先生:金融機関の法人営業担当者や、顧問税理士として法人顧問を受任している場合、お客様個人の問題にふれることはほとんどないでしょうから、個人の悩みはわからなくて当然だといえます。事業承継の全体像としてイメージしてほしいのは、「事業承継とは、社長を交代することであるとともに、株式などの事業用資産を承継することでもある」という点です。

 

生徒:社長の交代と、資産の承継ですか?

 

先生:そうです。それを理解するためには、3つの観点から、お客様の状況を把握しなければいけません。まずは、お客様の事業そのものを理解し、収益性や財務内容の現状を把握したうえで、その存続や成長が可能かどうか考えること。事業承継が成功しても、その後で事業が破綻してしまっては意味がありませんから…。

 

生徒:事業性評価ですね!

 

先生:また、引退しようとする経営者の気持ち、一方で企業経営者になろうとする後継者の気持ちや能力を理解しなければいけません。引退する経営者は寂しく不安ですし、若い経営者は自信がもてず、覚悟が決まらない状態だと想像できます。そのような方々の相談に乗り、いわば「人生の大きな意思決定」をサポートしなければなりません。

 

生徒:個人的な相談にも乗るということでしょうか? われわれの業務は、株式の相続税評価額の計算だと考えていましたが…。

 

先生:一般的に、金融機関や税理士による事業承継支援の場合、生命保険の加入、自社株の評価引下げなど、資産承継の話が真っ先に出てくるでしょう。しかし、それよりも「お客様個人の生き方の話」をすることが先です。事業性と生き方の問題が解決すれば、あとは資産承継の話をすればいいのです。ただし、資産承継の話は、答えが明確に定められている承継手続きの問題ですので、弁護士や税理士を紹介すれば、それで着地しますが。

 

生徒:お話を整理すると、中小企業の事業承継では、事業がこれからも安定的に維持できるかという「①事業性評価の観点」、そして経営者の引退、後継者の就任という「②経営者の生き方の観点」、資産をどのように承継するかという「③承継手続きの観点」から、お客様の現状を把握するということでよろしいですか?

 

先生:そうなります。

問題発見の網羅性…「事業承継フレームワーク」の活用

生徒:では、現状を聞き取り、問題が見つかった場合の対処はどうすべきでしょうか?

 

先生:コンサルティング業務の基本は、問題発見と解決です。一般的に、金融機関や税理士による事業承継支援といえば、退職金の財源、自社株式に係る相続税、資産承継の問題点が真っ先に上がりますが、もっと優先して解決すべき問題があります。それが、事業性と経営者の方個人の生き方の問題です。そちらを放置したまま資産承継の問題だけを解決しても、事業承継は進みません。

 

生徒:先生もご存じの通り、われわれは保険商品の販売や税務アドバイスの提案で収益を上げています。お客様の収益性より、われわれ自身の収益性が優先されるのは、ビジネス上仕方ありません。営業担当者たちには、全員手数料のノルマが課されています。

 

先生:よくわかります。しかし、その姿勢でいては、お客様の問題を解決して信頼感を勝ち取るのは難しいかもしれませんね。全体像を俯瞰したうえで、問題点を網羅的に把握し、すべての問題を解決する意気込みでスタートしなければいけません。

 

生徒:なるほど、難しいですね。問題点を網羅的に把握するというのは、どうすればいいのでしょうか。

 

先生:簡単にできる方法を紹介しましょう。下の図表は、中小企業診断士が使っている「事業承継フレームワーク」というものです。これは、事業承継の問題点を整理するマトリックスです。事業承継の問題は広範囲に及ぶため、抜けや漏れが生じてしまわないよう、マトリックスの表に整理します。

 

[図表]事業承継フレームワークのマトリックス

 

生徒:タテが承継の方向性、横が確認すべき分野ですね。

 

先生:事業承継の方向性は「親族」「従業員」「第三者」の3つに大別されます。いずれにおいても、発生する問題は3つの観点、すなわち「事業性評価」「経営者の生き方」「承継手続き」の3つです。すると、3×3のマトリックスのなかに、全体を網羅的に整理することができるのです。

 

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お客様との対話の重要性

生徒:ですが、このマトリックスは空っぽではありませんか? これを活用して、どのように事業承継の問題を見つければいいのでしょう? お客様自身が問題点を見つけていないケースもあると思われますし、そもそも、事業承継の必要性すら認識されていないほうが多い印象ですが…。

 

先生:そうですね。私たち支援者に求められる最初の仕事は、お客様に事業承継の必要性を認識していただくことです。その手段が「お客様との対話」です。目的は2つあります。1つは、事業の現状について話していただくことで事業性評価をおこない、今後の存続と成長が可能か、存続や成長させるためには何をすべきか、考えていただくこと。もう1つは、お客様に引退を決意していただくことです。お子さんが後継者であれば、親の事業を継いで企業経営者になる決意をしていただきます。ここで経営者の方の、個人的な相談になるわけです。

 

生徒:なるほど。

 

先生:上記の2つの観点で問題が解決すれば、お客様は事業承継への決意を固めることができます。そうなれば、支援者の立場にあるあなたの最初の仕事がクリアできたことになります。このような決意を経営者の方におこなっていただくため、支援者は時間をかけて粘り強く対話をおこなう必要があるということです。

 

生徒:対話が必要なのですね。

 

先生:支援者に求められる最も重要な役割は「お客様との対話」だといえます。抽象的に聞こえるかもしれませんが、ここでの仕事は、事業承継を決意していただくこと、つまり、お客様の心の状態を変化させることです。法律や税金の話だけでは、感情の変化は起こりにくく、感情に影響を与える手段が必要となるのです。人間として対話し、お客様の心と感情を動かさなければなりません。

 

生徒:最近は経営者のもとにも、M&A仲介業者から多数のダイレクト・メールが送られてきているようですから、事業承継の必要性への認識は高まっているかもしれませんね。事業承継の意思が固まっているお客様から、具体的な「承継手続き」について相談を受けた場合はどうすればいいのでしょう?

 

先生:そちらはずっとシンプルです。事業性評価と経営者の方の生き方の問題をクリアできれば、事業承継の問題はほぼ解決できたようなものだといえます。その後の承継手続きの問題は、専門家の事務作業に過ぎません。その場合は、実行サポートを依頼する専門家、たとえば、公認会計士・税理士や弁護士を紹介しましょう。ただし、第三者に承継するM&Aの場合は、相手探しに係る問題が出てくるため、ハードルは上がります。その点については、また別の機会に譲りましょう。

 

生徒:ありがとうございました。

 

 

岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士

 

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