父の死後に発覚した「前妻との子ども」の存在
田中弘さん(仮名、以下同じ)は、数年前に妻を亡くしましたが、その後は長男の学さん夫婦と孫と一緒に、弘さんの持ち家で暮らしていました。弘さんには学さんの下に、長女の真由美さんもいますが、真由美さんは結婚して実家を離れています。
そんななか、弘さんが急病で亡くなりました。弘さんの遺産は、ほぼ自宅の土地建物しかありません。自宅は学さんの家族が住んでいることから、学さんが相続し、真由美さんには代償金を支払うことで、話がまとまりました。
しかし、学さんは一度に代償金を支払えるだけのお金がないため、真由美さんに10年くらいかけて分割で支払うことを提案したところ、真由美さんは納得し、了承しました。
ところが、ここで大きな問題が発生しました。自宅の土地建物を学さんの名義にするため、司法書士に手続きを依頼したところ、実は弘さんは再婚であり、前妻との間に剛さんという子どもが1人いることが判明したのです。
このような状況において、弘さんの相続問題はどうなるでしょうか。
顔も知らぬ前妻の子だが…相続分はどのくらい?
まず、離婚した前妻について行き、一緒に生活しておらず、ましてや老後の面倒も見ていない剛さんに相続権はあるのでしょうか? もしあるとしたら、その相続分はどうなるでしょうか?
民法ではこれについて、相続人を子と定めるだけで、姓や戸籍が同一であることや、成人まで一緒に住んでいたこと、その他老後の面倒を見ていることなどは相続する要件としていません。
したがって、離婚時に前妻について行き(前妻の戸籍に入り)、一緒に生活していない・老後の面倒を見ていなくても、「子ども」であれば相続人となります。
そして、相続分はほかの子どもと平等です。
本件でいえば、学さん・真由美さん・剛さんが弘さんの相続人となり、相続分はそれぞれ3分の1となります。
同居を理由に「遺産を多くもらう」主張をしても…
これに対し、学さんや真由美さんは、老後の面倒を見たなどと「寄与分」を主張することが考えられます。
しかし、老後の面倒を見たことが寄与分として認められるのは、
・被相続人の生活費を、相続人が出していた
・ヘルパーがいないと生活ができないくらいの状況だったが、相続人が看護したことでヘルパーを頼まずにすみ、支払いが発生しなかった
といった場合であり、寄与分で対抗するのはなかなか難しいのです。
また、学さんや真由美さんが、剛さんに相続放棄の交渉をすることも考えられます。
確かに「自分は別れた父親やその家族とは関わり合いになりたくない。だから、相続を放棄する」と申し出てくれることもあります。
しかし、それは運がいいケースで、逆に「父親には何もしてもらっていないのだから、むしろ多くもらいたいくらいだ」と、強く主張される場合も多々あります。
学さんは実家を取得するために、真由美さんとの間で「代償金土地建物の評価額の2分の1、10年分割で支払う」といった内容で着地できそうでしたが、もし剛さんが普通に代償金を請求すれば、剛さんに3分の1、真由美さんに3分の1の、合計3分の2に該当する代償金を支払うこととなり、しかも、剛さんの相続分である3分の1は一括で支払わなければならなくなってしまいます。
このような事態が相続発生後に発覚したら、回避することは容易ではありません。
子の存在は隠し通せない…「事前の対策」が不可欠に
学さんに降りかかったような悲劇を避けるには、どうしたらよいでしょうか。
本件のそもそもの原因は、弘さんが再婚を家族に隠していたことです。
「ほかにも子どもがいる」などと、家族に言い出しにくいのはよくわかります。しかし、黙ったままでは、本件のようなトラブルに発展してしまいます。子どもの存在は戸籍を辿れば明らかになりますから、隠し続けることはできません。
その場合、自分が亡くなる前に家族に事情を伝え、遺言書を作成するといった対策を取っておく必要があるのです。
例えば、「遺産はすべて学に2分の1、真由美に2分の1ずつ相続させる」などの公正証書遺言を書いておけば、剛さんは法定相続分である3分の1の2分の1である6分の1の遺留分しか請求できなくなることから、学さんや真由美さんが剛さんに支払わなければならない額は半額になります。
また、遺留分は剛さんから請求がなければ支払わなくてもすみます。
さらに、公正証書遺言があれば、剛さんに連絡したり、署名捺印等をもらったりしなくても、学さんと真由美さんだけで相続の手続きを進めることが可能となります。
ひるがえって子どもの立場からすれば、親自身の口から言ってもらうことは必ずしも期待ができないと思われますので、親の生前に、万一両親が亡くなったときのことを考え、事前に戸籍を取ってみることも必要だといえるでしょう。
高島 秀行
高島総合法律事務所 代表弁護士