Q.保有銘柄の売却と次の銘柄への仕込みについて
5年間保有した三井住友FGを2022年末に売却し、1月中旬にヤマトHDを仕込みました。この判断はよかったのでしょうか? 少し早まったかと後悔が。
ストラテジスト広木氏による回答
「この判断はよかったのか?」ということは、あとになってみないとわかりません。将来の株価を正確に予見する能力は誰にもないので現時点でこの判断の良し悪しを評価することはできません。ChatGPT(OpenAIが開発したAIチャットサービス)みたいな回答になって申し訳ありません。
しかし、質問者の方が三井住友FGからヤマトHDに乗り換える判断をしたことは極めて合理的だと思います。おそらく以下のように考えられたのではないかと拝察いたします。
2022年12月の日銀の政策修正の前後から日本の金利に上昇圧力がかかっている。日本でも物価がようやく上がるような状況になり日銀の異次元緩和もいよいよ限界が近づいていると市場が判断していることの表れだ。イールドカーブ・コントロール(以降YCC)の歪みは明確でいずれまた大幅な変更、もしくはYCCそのもの撤廃もあり得るだろう。そうした環境を背景に銀行株は高値を追っている。
銀行株が上がり始めたのは2022年秋くらいからだが、図表2からわかるとおり、上昇に弾みがついたのは2022年12月の日銀の政策修正がきっかけだ。
だとすれば、YCCの更なる変更や撤廃は銀行株の一段高の材料となるだろうと考えるのが普通だろう。
しかし、仮にYCC撤廃となっても、そこで材料出尽くしとなる可能性もある。そもそも日本の長期金利がどこまで上がるのだろうか。せいぜい1%程度までが上限ではないか。日銀の制約を受けない翌日物金利スワップ(OIS)10年物は一時1.00%ちょうどを付けたが、その後は80bpsで推移している。潜在成長率の低い日本の長期金利の上昇余地は限られる。そうであれば銀行株の上値余地も自ずと決まってくる。そろそろ手放しどきではないか、と。
質問者の方が、そのように考えられたのであれば極めて合理的な判断だと思います。しかし、その後、少し状況が変わりましたね。三井住友FGを売却されたのは2022年末とのことなので、日銀の総裁候補に植田さんの名前が挙がる前のことでした。ご本人も「少し早まったかと後悔が」とお書きになられているのは日銀の新・執行部の体制が念頭にあってのことではないでしょうか。
日本経済新聞が日銀ウオッチャー20人に聞いたところ、全員が2023年中にYCCを見直すと予想しています。ただし、その見直しの方法やタイミングについては見方がわかれるところです。また、マイナス金利の撤廃までには相当時間がかかるとみています。植田先生ご自身も市場との対話を重視し、市場の混乱を起こさないように細心の注意を払うでしょう。
こうしたことを勘案すると、「日銀の政策変更」というテーマは相当息の長いテーマとなって、逆にいえばさまざまな思惑がくすぶり続ける限り、銀行株の堅調推移が長期間継続する可能性も十分あります。
さらにいえば、この日本では物価上昇圧力はそれほど強くないとは言え、徐々にデフレ脱却が明瞭になりつつあります。世界的に著名な経済学者の植田・新総裁ならば、そうした日本経済の変化を理論的に正しく金融政策に反映させる道筋を選ぶでしょう。大きな方向としては「金利の正常化」に向かう可能性が以前と比べて増しており、この点でも銀行株にはポジティブだといえます。
ごく短期的なことをいえば、三井住友FGの業績は好調です。2022年4〜12月期の純利益は7,660億円と、23年3月期通期予想の7,700億円に対してすでに99%の進捗率。目標を上回る勢いです。今期の着地はまず上振れ必至です。この業績がベースですから株価が高値に買われても予想PERはまだ10倍台、配当利回りは3.8%もあって昨今のバリュー株物色、高配当株物色のトレンドにも乗っています。ご本人の「少し早まったかと後悔が」のお気持ち、察するに余りあります。
さて、ここからは余談ですので、ご用とお急ぎでない方のみ、お付き合いください。投資に限らず、意思決定と行動とその結果については、実行の有無と結果の成否で4パターンにわかれます(厳密には意思決定したが行動しなかった、というパターンもありますが、ここでは意思決定は行動を伴うものとします)。
今回のケースでは三井住友からヤマトへの乗り換えを、
「行う・行わない」ⅹそれが「うまくいく・いかない」
の4パターンです。
売った三井住友が頭打ちとなり(もしくは下落し)、買ったヤマトの株が値上がりしてくれればいうことなしですが、裏目に出た場合、つまり売ってしまった三井住友がどんどん値上がりしていくなんてことになった場合、悔やんでも悔やみきれないでしょう。ましてや5年間も保有されたというのですから!
さて、ここに質問者の方とは正反対の相場観とポジションをもった人がいたと仮定します。その人を仮にピース君としましょう。
ピース君はヤマトHDを5年間、保有してきました(ピース君は5歳ですから、つまり生まれてこのかた、ずっと持っているわけです)。しかし、まったく上がらず、いい加減見切りどきだと思っていました。
そんなところに、にわかに日銀の政策変更の機運が高まり銀行株が勢いよく上がっています。この先、日銀の新体制でYCC撤廃も早晩あり得そうだし、金利上昇を背景に銀行株の上値余地は大きいと思われ、ヤマトHDから三井住友FGへの乗り換えを真剣に検討しました。
質問者の方とは正反対の考えです。熟考を重ねた結果、ピース君は乗り換えをしないことにしました。自分の相場観には自信がありますが、万が一、裏目に出た場合、すなわち長く保有してきたヤマトHDがここから大きく値上がりした場合、非常に悔しい思いをすると思ったからです。
仮定の話のなかで時計の針を進めます。いまから1年後、植田新総裁のもとで日銀は金融緩和の出口を模索し矢継ぎ早に政策変更を行った結果、日本の金利が大きく上昇、それを受けて銀行株も大幅に値上がりしました。一方、ヤマトHDは人手不足、人件費上昇、輸送コスト増などが響き業績不振で株価の低迷が続いています(質問者の方、仮定の話です!お気を悪くしないでください!)。
1年後、質問者の方とピース君のポジションは同じとします。すなわち、どちらもヤマトHDを保有し、株価は低迷、三井住友を持っていれば得られたであろう大幅なキャピタルゲインを取り逃がし、後悔しているという状況です。ポジションは同じで、後悔しているのも同じです。
ですが、どちらの後悔の度合いが大きいでしょうか? 答えは質問者の方の後悔のほうがより大きい。質問者の方の後悔は「行動を起こして失敗した結果の後悔」、ピース君の後悔は「行動を起こさずに失敗した結果の後悔」です。
行動ファイナンスの研究によれば、ひとは行動を起こして失敗すると、より大きく後悔するということが知られています。これは、ひとが損失をひどく嫌う「損失回避バイアス」とも関係する人間の心理です。ひとは行動を起こして失敗すると、より大きく後悔することを無意識にわかるのでしょう、だからこそ意思決定は慎重で保守的なものになりがちです。その結果、行動(アクション)を起こそうとしない「現状維持バイアス」が強まることになるのです。
ここまでは行動ファイナンスの知見でよく知られたことです。ここから先は、僕の仮説です。
大津秀一さんという方がお書きになられた『死ぬときに後悔すること25』(致知出版社)という本があります。大津先生は緩和医療医、つまり終末期医療の専門家です。この本は1,000人を越す末期患者の声が紹介されています。それによれば、彼らの後悔のほとんどが「やらなかったこと」「やり残したこと」への後悔であるということです。
コーネル大学のトマス・ギロヴィチ教授の研究によれば、後悔の75%はしなかったことに対する後悔であり、上位3項目は
【1】学校でまじめに勉強をしなかったこと
【2】大事なチャンスをものにしなかったこと
【3】友人や家族を大切にしなかったこと
だといいます。上位1位から3位まで、そっくりそのまま僕自身に当てはまります。当たっているなーと思います。還暦を目前にして、悔やんでも悔やみきれないことばかりです。しかし、です。過去は戻ってきません。竹内まりあは、どんな道を選んでも悩みの数は同じというような趣旨のことを歌っています(「幸せのものさし」)。自分が選ばなかった方の選択肢を仮に選んでいたとしても、それはそれでまた別の悩みがついて回るでしょう。結局、人間は悩み多き存在できりがありません。
昔、テレビ東京で放映されていたアニメ『しゅごキャラ!』のオープニング・テーマ曲「PARTYTIME」(しゅごキャラエッグ!とガーディアンズ4)には、こんな趣旨の歌詞があります(著作権の関係で歌詞のとおりには記載していません)。
どれを選んだら正解なんて誰にもわからない
自分で決めたならそれが答え
映画『ウォール街』(オリバー・ストーン監督、1987年)の続編、『ウォール・ストリート』(オリバー・ストーン監督、2010年)のなかで、マイケル・ダグラス演じる老いたゴードン・ゲッコーが若者に言う台詞がしびれます。
「本当の失敗は、挑戦しないこと」
質問者の方の投資がうまくいくことを心よりお祈り申し上げます。
広木 隆
マネックス証券株式会社
チーフ・ストラテジスト 執行役員
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