(※写真はイメージです/PIXTA)

正規社員と非正規社員という雇用形態には、生涯1億円という残酷なまでに大きな給与格差がある。だが、血のにじむような思いをしてようやく正規社員の立場を確保しても、その努力が水の泡になる日が、そう遠くない将来、訪れるかもしれない。

厚労省『働き方の未来2035』に描かれた眩しい未来図

近年では、正規社員と非正規社員の給料格差、年金格差がしばしば問題になっている。こちらの連載でもたびたび取り上げている通り、非正規の方々が置かれている立場は、非常に厳しいものだ。

 

非正規社員の方のなかには、キャリアを積んで1日も早く正規社員となり、少なくとも現状より高い給料を得て、厚生年金にも加入して、将来をしっかり安定させるべき――。そのように考え、行動している人も多いだろう。

 

ところが、やや古い日付とはなるが、2016年8月に出された厚生労働省の報告書『働き方の未来2035』には、少々気になる記述がある。

 

3. 3 自由な働き方の増加が企業組織も変える

 

技術革新は、働き方のみならず、企業や経済社会全体のあり方を大きく変革させる。自立した自由な働き方が増えることで、企業もそうした働き方を緩やかに包摂する柔軟な組織体になることが求められる。また、変化のスピードが速くなることで、企業自体がそれに対応するために機動的に変化せざるを得ない時代がやってくる。

 

物理的に空間と時間を共有することが重要だった時代は、企業はあたかもひとつの国家やコミュニティのような存在になっていた。もちろん、そうした組織を維持しようとする企業も存続し続けるだろうが、2035年には少数派になっているに違いない。そうした企業の変化が、さらに人々の働き方をより自由で柔軟なものに変えていくと考えられる。

 

(中略)

 

もちろん、プロジェクトによっては何十年と続く場合もあるだろうし、終わりが明確でない場合も少なくないだろう。また、一つのプロジェクト終了後もその企業の別プロジェクトに参加するなど、長期に渡って一つの企業に所属し続ける人も存在するだろう。

 

企業に所属する期間の長短や雇用保障の有無等によって「正規社員」や「非正規社員」と区分することは意味を持たなくなる。

 

2035年ごろには、企業という従来の組織はミッションや目的が明確なプロジェクトの集まりとなり正規社員と非正規社員の区別はなくなる、つまり、企業が正規社員を内包することをやめる、とも読める。

 

このように企業がプロジェクト型の組織になるにつれて、働く側も、自分の希望とニーズに応じて、自分が働くプロジェクトを選択することになる。その結果、企業側は、自分のプロジェクトに最適な人を引き付けるべく努力をする必要性が生じる。

 

雇用が流動的になることで、必要とされる人材になれば、仕事も自分で選べるし、企業側も優れた人材をつなぎとめるために努力を求められることになるという。

 

働く人は仕事内容に応じて、一日のうちに働く時間を自由に選択するため、フルタイムで働いた人だけが正規の働き方という考え方が成立しなくなる。同様に、それより短い時間働く人は、フルタイマーではないパートタイマーという分類も意味がないものになる。

 

(中略)

 

このような働き方になれば、当然、今とは違って、人は、一つの企業に「就社」するという意識は希薄になる。専門的な能力を身に着けて、専門的な仕事をするのが通常になるからだ。どのような専門的な能力を身に着けたかで、どのような職業に就くかが決まるという、文字通りの意味での「就職」が実現する。

 

これらの予想を記述通りに受け取れば、働く人たちは、従来のような縛りのない、自身が身につけた専門的な能力に準じた就業環境が整うと読める。

 

これらの記述を見て、バブル崩壊後に多くの企業が導入した「成果主義」を思い起こす中高年層の方もいるのではないだろうか。年功序列から成果主義への移行は、能力ある人のモチベーションを高め、正当な評価を得ることで給与も上がり、企業は競争力を高められるとして大いに歓迎された。だが、その後はどうなったか。当初謳われていた効果を得られたとはいいがたい。

 

この報告書の副題に「~一人ひとりが輝くために~」とあるように、内容を読む限り、明るく希望のある筆致で、様々なメリットや可能性について言及されている。

 

もちろん、報告書にあるような、労働者が様々なメリットを享受できる、明るい未来になるかもしれない。だが、そうでないかもしれない。

正規社員の椅子をつかめば「安泰」なのか?

現状において、正規社員と非正規社員には、給与の面でも待遇の面でも大きな隔たりがある。

 

総務省統計局『労働力調査』によると、大卒男性の、正規社員(平均年齢42.0歳)の平均給与(所定内給与)は月39.4万円、年収は647.8万円。一方、非正規社員(54.7歳)の平均給与は月29.2万円、年収419.4万円。

 

[図表]
[図表]大卒男性の給与所得

 

年齢別でみると、20代前半では60万円弱の年収差だが、30代前半で175万円、30代後半では265万円と拡大へ。40代に入ると300万円台、50代後半と定年間近では400万円を超える給与差が生じる。生涯年収では、正規社員2億4,000万円に対し、非正規社員は1億4,000万円と、実に1億円近い差だ。

 

だが報告書によると、この状況から約10年先の未来は、正規社員という立場はあいまいとなり、『「正規社員」や「非正規社員」と区分することは意味を持たなくなる』。

 

自由度の増加、正当な能力の評価による報酬の増額より、就労者すべての「非正規化」による「賃金低下の可能性」を危惧するのは穿ちすぎか。

 

なお、雇用形態別にみると、正規社員・職員が3,597万人と5年前に比べて165万人増。一方、非正規社員・職員は2,101万人で65万人の増加。就職氷河期世代の正規社員化支援などの影響もあるのだろう。

 

非正規社員・職員の内訳だが、パート・アルバイトが1,474万人で、5年前から60万人の増加。派遣社員は149万人で15万人増、契約社員が283万人で8万人減、嘱託が112万人で8万人減。この5年で主にフリーターが増えたことがわかる。

 

さらに、年齢別に正規社員と非正規社員の人数をみると、正規社員は40代後半をピークに減り始めるが、非正規社員は30代後半から増加。50代後半で減少するも、60代で再び増加する。

 

総務省統計局『労働力調査』2022年平均より作成
[図表2]年齢階級別・正規社員数と非正規社員数
総務省統計局『労働力調査』2022年平均より作成

 

30代後半から50代前半にかけての非正規社員の増加は、正規社員になれなかった氷河期世代の影響もあると推測される。また結婚・出産を機に退職した女性が、再び柔軟性のある働き方のできる非正規社員で仕事復帰している、という事情もあるだろう。また60代でみられる正規社員と非正規社員の逆転は、60歳で定年を迎え、正規社員から嘱託社員などと雇用形態を変えて仕事を続ける人が多いことが反映しているものと考えられる。

 

生活の安定や老後資金の確保の問題から、これら多くの非正規従業員の方々のうち、かなりの人数が正規社員を目指して頑張っているはずだ。

 

現状において、賃金・待遇面で大きな差がある正規社員と非正規社員。だが、努力を重ねて正規社員の椅子を確保しても、一気に非正規の待遇へと押し戻される日が来るのかもしれない。

 

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