40代の事実婚カップル、ペアローンでマンション購入
今回の相談者は、40代の会社経営者の鈴木さんです。同居のパートナーが亡くなり、共有財産について困っているということで、筆者の事務所を訪れました。
鈴木さんと20年近く同居していたパートナーの優子さんは、大学教員でした。結婚という選択肢もありましたが、2人の事情により子どもをもたないこと、また、研究者という優子さんの仕事上、名字を変えたくないということから、事実婚を選択しました。
「優子とは大学の先輩後輩の関係で、20代後半に私が独立したタイミグで同居しています。最初は賃貸物件で生活していたのですが、10年ほど前、2人の職場に近いところにいい物件が出たので、ペアローンで購入したのです」
勤務先で倒れたパートナー、そのまま意識は戻らず…
鈴木さんと優子さんは、入籍こそしていませんでしたが、生活は一般的な夫婦と同様であり、周囲からも夫婦として扱われてきました。生活するうえで、とくに不都合はなかったといいます。
「40代後半とはいえ、2人とも特に健康不安もなく、これからのことを考えるのは、もう少し先だと、漠然と考えていたのです。ですが、突然こんなことに…」
いつものように自分のオフィスで仕事をしていると、携帯電話に着信がありました。見慣れない番号に出てみると、優子さんの勤務先の大学からでした。
「研究室で倒れていて、救急搬送されたということでした。用事で訪れた大学の事務の方が気付き、すぐ救急車を呼んでくれたのですが、数日間意識不明のまま亡くなりました。基礎疾患もなく、健康だと思っていたのですが…」
入院をはじめとする病院の手続きは、同居のパートナーとして保証人になることができましたが、その後が大変でした。いくら夫婦と同様の生活を送っていても、籍が入っていないため「配偶者」の立場にはなりえないということを痛感したといいます。亡くなったあとの手続きは、葬儀をはじめ、すべて優子さんの父親主導で行われました
まさに青天のへきれき、当然「遺言書の準備」なし
「優子の父親は、私たちの関係をよく思っていませんでした。入籍しないこと、子どもを持たないのは2人で納得したうえでの選択でしたが、それについても思うところがあったようで…」
鈴木さんが困っているのは、今現在暮らしているマンションのことです。事実婚であるため、鈴木さんには優子さんの財産の相続権がなく、優子さんのマンションの権利は父親に相続されてしまいます。
「まさか40代で死に別れるとは、想像もしていませんでした」
当然、遺言書の準備もありません。鈴木さんは、優子さんの父親と共有名義となるマンションをどうするべきか、頭を抱えています。
マンション所有権の半分が、パートナーの父親に…
優子さんの名義を鈴木さんに変更するために最もスムースなのは、遺言書を作成して「遺贈する」と書いてもらうことでした。
もし仮に、優子さんの父親が協力的だったとしても、優子さんのマンションの名義を、いきなり相続人でない鈴木さんに移すことはできません。いまから優子さんの権利を鈴木さんのものにするには、まず優子さんの父親が相続して名義変更し、それから鈴木さんに遺贈・贈与・売買のいずれかの方法で権利を譲るという方法となるでしょう。
もうひとつ負担の少ないやり方としては、2分の1を優子さんの父親名義としたまま住み続けながら、優子さんの父親に公正証書遺言を作成してもらい、遺贈を受けるという方法もあります。ただ、鈴木さんのケースでは、優子さんの父親と円満な関係が築けているとはいえず、また、優子さんにはきょうだいがいるため、父親亡きあとの相続で、トラブルになる可能性も考えられ、必然的に選択肢からは外れました。
「マンションの権利、優子の父から買い取りました」
筆者と提携先の弁護士は、鈴木さんと優子さんの父親の間に入り、話し合いを持ちました。結局、優子さんの遺産はすべて父親が相続し、マンションの半分の権利は、鈴木さんが買い取ることになりました。
時期的にマンション価格はやや値下がりしていましたが、それでも評価は2000万円以上と、手痛い出費となりました。
その後、優子さんの金融資産はもちろん、マンションからは、2人で吟味して選んだ外国製の家具の一部、優子さんの書斎の書棚、書籍、パソコンなどもすべて、父親が運び出していきました。
しかし鈴木さんは、それでも、自宅として気兼ねなく暮らせることを喜んでいました。
法的な夫婦でも、子のない場合の相続は大変!
子どものいない夫婦の相続は一筋縄ではいきません。法的な夫婦でも、子どもがいなければ、配偶者の親が3分の1(親がすでにない場合は、きょうだいが4分の1)の相続権を有します。自宅不動産など、配偶者の生活拠点となっているものについては譲歩してもらえるケースが多いとはいえ、それでも、遺産分割協議書への実印の押印のほか、印鑑証明書や戸籍謄本の提供といった協力が必要になります。
配偶者の親・きょうだいから理解が得られず、法定割合の財産を相続すると主張される場合もないわけではありません。その場合、最悪は自宅を売却して分け合わなければいけないことになります。
配偶者という強い立場にあっても、遺言書を作成しておかなければ、のちのち問題になる可能性が残るのです。
「万が一」に思いを巡らせることも大切
子どもがいない夫婦、あるいは今回のような事実婚のカップルの場合、あらためて「万が一」のケースを考え、必要性を感じたら、公正証書遺言を作成しましょう。金融資産などの分け方もしっかり記載しておきましょう。
不動産は生前贈与を受けることもできますが、贈与税がかかるため注意が必要です。
入籍して配偶者の立場になれば、法定相続人となりますが、それでも、子どもがいない場合は、配偶者の親・きょうだいが相続人となるため、やはり遺言書は必要だといえるでしょう。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。