年金額改定の仕組み:実質価値維持が基本だが、近年は健全化のための調整も加味
1.年金額改定の全体像:基本的な改定(実質価値維持)とマクロ経済スライド(健全化策)の合算
公的年金の年金額は、経済状況の変化に対応して価値を維持するために、毎年度、金額が見直されている。この見直しは改定(またはスライド)と呼ばれ、今年度の年金額が前年度と比べて何%変化するかは改定率(またはスライド率)と呼ばれる。ただ、現在は、2017年に保険料の引上げをやめ給付水準の引下げで年金財政を健全化している最中であるため、年金額の改定率は、物価や賃金の伸び(以下、本来の改定率)と年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライド)を組み合わせたものとなっている(図表1)。
2.本来の改定ルール:年金額の実質的な価値を維持するため
本来の改定ルールは、年金額の実質的な価値を維持するという年金額改定の本来的な役割のための仕組みであり、年金財政の健全化中か否かにかかわらず常に適用される。
2000年改正の前までは、新たに受け取り始める(新規裁定の)年金額も受給開始後の(既裁定の)年金額も、約5年ごとの法改正によって加入者全体の賃金水準の変化に連動して改定されていた*3。これは、年金受給者の生活水準の変化を現役世代の生活水準の変化、すなわち賃金水準の変化に合わせるためである。言い換えれば、現役世代と高齢世代が生活水準の向上を分かち合う仕組みといえる。また、年金財政の主な収入は保険料で、これは賃金の水準に連動して変化する。このため、年金財政の支出である給付費も賃金に連動して変化させれば、年金財政のバランスが維持される。
しかし、この財政バランスが維持される話は、現役世代と高齢世代の人数のバランスが変わらない場合にしか成り立たない。少子化や長寿化が起きると、現役世代の人数が減って保険料収入が減り、高齢世代の人数が増えて支出である給付費が増えるため、財政バランスが悪化する。そこで2000年改正後は、受給開始後(65歳以後)の年金額は物価上昇率に連動して改定されることになった*4。当時は賃金上昇率よりも物価上昇率が低かったため、この見直しによる財政バランスの改善が期待された。
さらに2004年改正では、従来は法改正を経ていた年金額の改定を、予め法定したルールで毎年度自動的に行うことになった。改定に使う賃金上昇率は、物価変動になるべく早く対応しつつ過度な変動を抑えるため、前年(暦年)の物価上昇率と実質賃金変動率の2~4年度前の平均を合わせた値が使われる形になった*5。これに伴い、改正前と同様に64歳時点までの賃金変動率が年金額に反映されるよう、受給開始後でも67歳になる年度までは賃金上昇率が適用されることになった(図表2上段)。
68歳になる年度からは、原則として2000年改正後と同様に物価上昇率が使われる(図表2下段)。しかし、近年は物価上昇率が賃金上昇率よりも高いことが多く、支出である年金が賃金上昇率よりも高い物価上昇率に連動すると、財政バランスの悪化要因となる。そこで2016年の法改正で、物価上昇率が賃金上昇率よりも高い場合には物価上昇率ではなく賃金上昇率を使うことになり、総じて見れば、賃金上昇率と物価上昇率のいずれか低い方を使う形になった(施行は2021年度分から)。これにより、本来の改定ルールによって年金財政が悪化する事態を避けられることになった。
*3:毎年度の年金額は物価上昇率に連動して改定され、5年目に過去5年分の賃金変動率に合わせて改定される方式だった。
*4:諸外国の中には受給開始後の年金額を物価水準の変化に連動する国があることも、見直しの根拠とされた。年金額が物価上昇率に連動することで、現役世代の生活水準向上には追いつかないが、購買力は維持される形になった。
*5:前年度の実質賃金変動率が参照されないのは、改定率を決める前年度の1月には前年度が終わっていないためである。