(※写真はイメージです/PIXTA)

2050年には世界最大死因となると予測される「薬剤耐性菌感染症」について、新宿サテライトクリニック院長・北岡一樹医師が解説します。

薬剤耐性菌とは?

古来より、ヒトは様々な感染症によって亡くなってきました。1928年に、フレミングという人が、抗生物質という感染症の原因菌を殺菌する薬を発見し、感染症は治癒する病気となりました。それから、新しい抗生物質がどんどん発見されていき、1990年頃には、抗生物質によって感染症は基本的に制圧されたように思われました。

 

しかし、抗生物質を無効化する機構を獲得した菌の伝播により、治らない感染症が出てくるようになりました。この「既存の薬が効かない機構を獲得した菌」のことを「薬剤耐性菌」と呼びます。

 

まだこの薬剤耐性菌は大多数というわけではなく、感染症は多くの場合、薬などにより治癒しますが、実は薬剤耐性菌の脅威は恐ろしいスピードで進行しています。たとえば、薬剤耐性菌の1つにESBL産生菌と呼ばれるものがあり、日本の入院患者から分離された大腸菌のなかでESBL産生菌が占める割合は2001年には数%に過ぎませんでしたが、2013年には17.8%と著しく増加しています(※1)

 

そのような現状から、恐ろしい未来が予想されています。2050年の世界の死因を推定した有名なオーニールレポート(※2)というものがあり、2050年の世界最大死因は、現在の「ガン」ではなく、この「薬剤耐性菌による感染症」になるとされています(図表1)。

 

[図表1]2050年の世界の死因(予測)

 

このように脅威は差し迫っているのにもかかわらず、「薬剤耐性菌」は、世間的にはあまり認知されていません。一方、世界保健機関(WHO)はこの現状になんとか対応しようとしています。2015年に「薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン」というものが発出され、新規治療法の開発や、抗生物質の適正使用などが実施されています。しかし、薬剤耐性菌の猛威に十分に歯止めがかかっているとは言えません。特に、新規治療法の開発は不十分であり、私も予防会・早稲田大学協同でファージセラピーの研究を進め、なんとか抗生物質に代わる新しい治療薬を導入することを目指しています。

 

また、このWHOのアクションプランでは、一般の方の視点が不十分です。薬剤耐性菌による感染症によりヒトがたくさん亡くなるようになってしまう悲惨な未来を変えるためには、一般の方にも取り組めることがあり、取り組んでいただく必要があります。まず、必要なのは、「薬剤耐性菌」問題に対する正しい認識となります。上述したことが「薬剤耐性菌」の現状に関する知識です。次項目で「薬剤耐性菌」の正しい知識について説明いたします。

薬剤耐性菌に対する「誤解」と「正しい知識」

■誤解①薬剤耐性菌はヒトの身体の中で生まれる?

「薬剤耐性菌」はどこからやってくるのでしょうか?

 

これに対する答えが、医療者も含めて多くの人で誤解されていることとなります。私も医師になり、その後、感染症の基礎研究に取り組むようになるまで誤解していました。

 

そのよくある誤回答が、薬剤耐性菌が自分の身体から発生するということです。薬を使っていると、菌が薬剤耐性菌に代わり、薬が効きにくくなると思われていることが多いです。私自身も、薬を使っていると、菌が突然変異して、薬剤耐性機構を持つようになると考えていました。しかし、これは完全に間違っているというわけではありませんが、正しくありません。

 

まず、前提として、薬剤耐性菌は外からやってきます!

 

確かに、身体の中にいる菌が突然変異したり、耐性遺伝子を受け取ったりして薬剤耐性菌になることもありますが、多くはありません。多くの場合、薬剤耐性機構を持った薬剤耐性菌が、環境中や、ヒトとの接触により、自分の身体へ入ってきます。たとえば、現時点で最強の抗生物質であるカルバペネム系薬に耐性を示し、悪魔の耐性菌と呼ばれる「NDM-1産生菌」は最初インドの下水から始まり、ヒトの伝播により、ヨーロッパ・オーストラリア・アジア・北アメリカと世界中に広がっていきました(※3)

 

■誤解②薬を飲み続けると効きにくくなる?

そして、また重要なこととして、感染症には2つのパターンがあることを認識する必要があります。

 

まずは、外からやってきて、感染すると症状を引き起こし、薬などによって排除される感染症です(「すぐ発症するタイプ」の感染症)。今流行している新型コロナウイルス感染症など多くの風邪(ウイルスによる感染症)や性感染症、食中毒などがこれらに入ります。

 

もう1つは、外から知らないうちにやってきて、身体に潜んでいる感染症です(「潜伏するタイプ」の感染症)。これらは、身体が弱ったりしたときに、病原性を発揮し、症状を引き起こします。尿路感染症や肺炎・皮膚炎・髄膜炎など多くの感染症はこの部類に入ります。外からやってきて腸内に潜んでいた病原菌が、身体が弱ったときに、尿路を傷害して膀胱炎を引き起こしたり、口腔内に潜んでいた病原菌が、身体が弱ったときに、肺を傷害して肺炎を引き起こしたりします。

 

「すぐ発症するタイプ」の感染症の場合、外からやってくる菌は薬で除去されるか、自然に除去されるか、最終的に宿主を殺すかであり、基本的に潜伏することはありません。したがって、外からやってきた菌が薬剤耐性菌でなければ薬が効き、薬剤耐性菌であれば薬が効かないということになります。

 

よく性感染症診療をしていると、何回も薬を飲んでいるから、効きにくくなっているのではないかと心配されることがあります。性感染症は「すぐ発症するタイプ」なので、毎回外から菌がやってきて、その菌が薬剤耐性菌かどうかで薬が効くかどうか決まるため、薬を飲んでいると効きにくくなるということはありません。

 

「潜伏するタイプ」の感染症の場合、外からやってきた菌が身体に潜伏することになります。外から入ってきた菌が薬剤耐性菌であった場合、抗生物質を飲むことで、通常の菌が死んでいき、薬剤耐性菌が増えていきます(菌交代といいます)。そうして、身体が弱ったときに、それらが症状を引き起こすことになります。したがって、「潜伏するタイプ」の感染症の場合は、薬を飲んでいることで、薬剤耐性菌が「生まれる」のではなく、「選択されて」しまい、薬が効きにくくなるということがあります。

 

まとめると、薬剤耐性菌は基本的に外からやってきます。「すぐ発症するタイプ」の感染症においては、その外からやってくる菌が薬剤耐性菌でなければ薬が効き、薬剤耐性菌であれば薬が効かないということになります。「潜伏するタイプ」の感染症においては、外からやってくる菌が薬剤耐性菌であった場合、薬を飲んでいることで選択されて増加してしまい、発症したときに薬が効かなくなります。

 

[図表2]感染症には2つのパターンがある

薬剤耐性菌感染症による死を防ぐには?

どうしたら将来世界最大死因となる薬剤耐性菌感染症により亡くなってしまうことを防げるのでしょうか?

 

まずは、すでにWHOアクションプランで言われているような抗生物質の適正使用、新規治療法の開発があります。それだけで十分でしょうか? これらは医療者が行うことでありますが、個々人でも行えることがあります。やれることは何でもやっていかないと、薬剤耐性菌による感染症で一番人が多く亡くなるようになるという未来を変えることはできません。

 

個々人でできることとして、「潜伏するタイプ」の感染症における薬剤耐性菌の対策となりますが、実際に薬剤耐性菌を保菌しているか調べるということがあります。もし保菌していれば、高齢者など感染症が悪化しやすい感染症弱者との接触に注意することにより、それらの方へ薬剤耐性菌が移ってしまい、発症して亡くなってしまうことを防ぐことができます。デルタ株の頃の新型コロナウイルス感染症でも行われた、無症状であっても感染しているか調べて、感染していれば感染症弱者への接触を控えるということと同様のことです。

 

また、身体の中の細菌の入れ替わりはダイナミックであり、薬剤耐性菌を保菌していた場合でも健康的な生活や食事を続けると、自然になくなることが多いと言われています(※4)。ほかにも、確実なエビデンスには不十分ですが、乳酸菌を服用することで薬剤耐性菌保菌が消失したという報告もあります(※5)

 

したがって、保菌調査をすることで、保菌していた場合に、健康的な食事・生活や乳酸菌飲用を心がけることで、薬剤耐性菌保菌除去へ繋げることができ、将来的な薬剤耐性菌による死を避けることが可能となります。

 

[図表3]薬剤耐性菌感染症による死を防ぐには?

 

しかし、予防医学の遅れ、薬剤耐性菌の脅威や正しい知識が周知できていないことから、薬剤耐性菌の保菌調査を感染症患者さん以外に一般の方へ行うことが進んでいません。この状況を危惧し、新宿サテライトクリニックでは薬剤耐性菌(ESBL産生菌やMRSA)の保菌調査を行っています。

まとめ

薬剤耐性菌感染症は将来世界最大死因となると予想されており、薬剤耐性菌感染症による死を防ぐためには、個々人の意識も重要です。

 

性感染症など(すぐ発症するタイプの感染症)では薬を飲むことで、薬剤耐性菌となり、薬が効かなくなるということはありませんが、肺炎・尿路感染症など(潜伏するタイプの感染症)では薬を飲むことで、薬剤耐性菌が選択され、薬が効かなくなります。

 

薬剤耐性菌が潜伏していることを調べることで、感染症弱者への感染を防ぎ、食事・生活習慣に注意することで除去し、薬剤耐性菌感染症による死を減らすことに繋げることができます。薬剤耐性菌保菌調査についてもご検討ください。

 

【※参考文献】

1) Kawamura K, Nagano N, Suzuki M, Wachino JI, Kimura K, Arakawa Y. ESBL-producing Escherichia coli and Its Rapid Rise among Healthy People. Food Saf (Tokyo). 2017 Dec 29;5(4):122-150.

2) O’Neill, J. Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations. 2016.

3) Patel G, Bonomo RA. "Stormy waters ahead": global emergence of carbapenemases. Front Microbiol. 2013 Mar 14;4:48.

4) Le Guern R, Stabler S, Gosset P, Pichavant M, Grandjean T, Faure E, Karaca Y, Faure K, Kipnis E, Dessein R. Colonization resistance against multi-drug-resistant bacteria: a narrative review. J Hosp Infect. 2021 Dec;118:48-58.

5) Tsigalou C, Konstantinidis T, Stavropoulou E, Bezirtzoglou EE, Tsakris A. Potential Elimination of Human Gut Resistome by Exploiting the Benefits of Functional Foods. Front Microbiol. 2020 Feb 11;11:50.

 

 

北岡 一樹

医療法人社団予防会新宿サテライトクリニック 院長

早稲田大学ファージセラピー研究所 招聘研究員

 

三重大学医学部卒業。臨床研修後、名古屋大学で様々な薬剤耐性菌研究に携わり、博士(医学)取得。その後、早稲田大学で招聘研究員として研究しながら、医療法人社団予防会新宿サテライトクリニックで性感染症診療も開始(淋菌感染症・細菌性膣症が専門領域)。基礎医学と臨床医学を繋ぐ、研究医かつ臨床医であることを目指し、現在は新規感染症治療法(ファージセラピー)実現の研究に注力している。

ヒト感染症だけでなく、犬や猫の感染症も研究対象とし、犬猫の感染症研究費を集めるクラウドファンディングも実施して成功を収めた。

また、医療情報の発信も予防会のコラムに加えて、クラウドファンディングをきっかけとして各種SNSで行っている。

 

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。