(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

知られざる夫の遺産

先生がやってきたのは、夫の四十九日を過ぎた頃でした。土間から上がってすぐの茶の間で、私たち家族と先生の四人でこたつを囲みました。

 

「こちらがご主人の残した預金通帳になります」

 

先生は黒いカバンから太い輪ゴムで止められた通帳の束をいくつか取り出しました。それを一つずつ、こたつの上に置いていきます。家族それぞれの名義の通帳が二束ずつ。全部で六束の通帳が置かれました。一つの束には古い通帳から繰越しされた新しい通帳までがまとめられています。

 

「お母さん、知ってたの?」

 

娘が私の顔をのぞき込みますが、私はただ首を横に振り返しただけでした。

 

「ご主人はご家族のために、毎月、積み立てをされていたようです」

 

その言葉に、息子が自分名義の通帳の束に手を伸ばしました。そこから一冊を抜き取って開きます。しばらく通帳を眺めていた息子はため息混じりの声を出しました。

 

「この通帳、俺が生まれた日から積み立てられてる」

 

「……ウソでしょ」

 

娘も自分名義の束に手を伸ばし、通帳を開きました。

 

「……ホントだ。私の生まれた日から、毎月積み立てられてる……」

 

すぐに私も自分名義の二つの束を確認しました。

 

「お母さんのは、誕生日と結婚記念日から始まってる……」

 

一回ずつの積立額はそれほど多いものではありません。それでも、どの通帳も二〇年以上、毎月コツコツ休まず、決まった日に同じ金額が積み立てられているのです。

 

その並んだ数字に、私は夫のいろいろな顔を思い出しました。

 

──あの人は、この数字を何を思い浮かべながら、どんな顔で見ていたんだろう。

 

見ると、子どもたちはその目に涙を浮かべていました。父親とそっくりな二人の目から溢れる涙に私も胸が熱くなりました。

 

その後、私たちは先生から財産分与の話を聞きましたが、私も子どもたちも、「これがお父さんの遺志だから」と、それぞれの積立額を相続することにしたのです。

 

そのとき、先生が娘の通帳に手を伸ばし、最初のページを開きました。

 

「見てください。ご主人はここに、それぞれの積立の使い道まで記されているんですよ」

 

そこには几帳面な夫の小さな文字で、『結婚資金』と記されていました。それを見た娘は「お父さん」と声を上げて泣きました。

 

子どもたちの通帳に記された使い道は二人とも同じで、『結婚資金』と『子育て援助』というものでした。夫が子どもたちの結婚と、孫を見ることを楽しみにしていたことがわかり、私は夫の代わりにしっかりそれを見届けようと心に決めました。

 

そして、私も通帳の最初のページを開きました。そこに書かれていたのは、『退職後の海外旅行』と『老後資金』という夫の字でした。

 

夫は私たち二人の長い未来を思い描いてくれていたのです。夫の優しさと、そんな思いを抱えながら早く逝ってしまった夫の悔しさに、私は思い切り泣きました。

 

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

家族の笑顔を支える会

扶桑社

もしも明日、あなたの大切な人が死んでしまうとしたら──「父親が家族に秘密で残してくれた預金通帳」、「亡くなった義母と交流を図ろうとした全盲の未亡人」、「家族を失った花屋のご主人に寄り添う町の人々」等…感動したり…

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