無料サービスを「投資」として考える
お客さまからの依頼のなかには、時に一瞬で終わってしまうものがあります。例えば「電気がつかないから来てほしい」と言われて社員が行くとブレーカーが落ちていただけで、それを上げれば元どおりというようなケースです。
そうした際でも、会社としては社員が動いた以上、代金をもらわなければいけません。最低でも人件費や移動にかかる費用をもらわなくては、赤字になってしまいます。むしろ代金をもらうのが当たり前かもしれません。
以前わが社には現場に行ったらどんな些細なことであっても3000円はもらおうという決まりがありました。しかしお客さまが自分の家族や恋人だとしたら、「ただブレーカーを上げただけ」でお金を取る人はいないと思います。現在はどの程度の作業から代金をもらうかという判断を、私は現場の担当者に一任しています。そして「お客さまを家族か恋人と思え」という教育を受けている社員たちは当然のように、些細なことならお金を取らずに帰ってきます。
社員たちの無料サービスに対し以前のように3000円をもらっていたなら、年間2000万円ほどの売上になるので、経営者の立場からすれば、大きな損失と考えられるかもしれません。しかし私はそれを損失だとは思っていません。
サービスを行ったあとに「今回は、お代はいりません、もし次に何かあれば、ぜひうちに相談してください」と言うと、困りごとがあればまず確実に注文が入ります。それを考えると2000万円は広告費ともいえ、それでリピーターが増えていけば十分過ぎるほど元が取れる投資なのです。
こうした経営的な判断に加え、私が「現場が動けば3000円」ルールを撤廃したのは個人的な体験も関係しています。
ある日、私は車の中にキーを入れたままドアをロックしてしまいました。自分ではどうにもならずロードサービスに連絡をして来てもらったところ、3000円を支払えばロックを解除してもらえるとのことでした。私がお金を払うと、ロードサービスのスタッフは細長い定規のような器具を窓の下に差し入れて10秒もかからずに鍵を開けました。
それを見て、私は複雑な思いがしました。経営に関わる人間としては、企業の作業員に依頼すればどんな作業でもお金が発生するというのは常識です。しかし一方で実際に10秒もかからぬ作業を目の前で見ていて3000円かかるとなると、「たったそれだけで、3000円も取るのか」という気持ちが沸き上がってきます。
(きっとわが社のお客さまも、同じような思いを抱いているに違いない。私たちは、どうあるべきなのか……)
私はしばらく悩んでいました。そのせいか、とある晩に誰かから「あなたは家族や恋人が困っているのに、技術をちょっと使っただけでお金を取るのか」と責められる夢を見ました。そこで私は腹を決め、ルールを撤廃し現場に任せる方針へと変えたのです。
「あのとき取ってもらった柿を、干し柿にしました」
無料サービスという点でいうと、わが社では現在、作業が終わってからの10分間をサービスタイムと位置付けています。工事以外で何か困りごとがあったら、その10分でなんでもやります。そのようにお客さまに伝えています。
それを受けたお客さまからは、さまざまな依頼があります。例えば広島のとある幼稚園では秋になると園庭にある大きな柿の木が実り、それが熟して落ちるのを狙ってカラスが大量に集まってくるとのことで困っていました。
そこでわが社の施工者たちはあらかじめ高所作業車を用意して幼稚園へ行き、サービスタイムの10分間(もしかするともっとかかっていたかもしれませんが)で柿を全部取りました。幼稚園の方々はそれを大層喜んでくれました。
後日、会社に贈り物が届きました。「この間はありがとうございました。あのとき取ってもらった柿を、干し柿にしました。とても甘くできましたので、みなさんでお召し上がりください」そんな手紙とともに、干し柿がたくさん入っていたのです。
このようなことは、ただ工事だけを行っていては得られぬ体験です。そしてそれを何よりも喜んでいるのは、現場の施工者です。「島根電工はやはり顧客第一主義で、社員に負担がかかっているんじゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかしそれは違います。社員たちにとって、現場でお客さまから直接もらう「ありがとう」が、何より大きな報酬になっていると感じます。
自分のサービスによってお年寄りが手を握って感謝してくれたり主婦とその子どもたちが大喜びしたりする、それが小口工事の大きなやりがいになっているのです。
それをよく表すエピソードがあります。小口工事を始める前までのわが社では、夕刻となり社員たちが着替えて帰ろうというタイミングでお客さまからの電話が鳴ると、みんなさも気づかぬようにすっと電話から離れ部屋を出ていきました。仕事が終わろうというタイミングで、再び着替えて作業に出るのが嫌だったのです。しかしおたすけ隊ができ、たくさんの依頼が来るようになってからは社内の空気が一変しました。同じような状況で電話が鳴れば、近くにいた社員がすばやく電話を受けます。
その周囲にいる社員も「どうした」「何があった」と集まってきます。そして電話に出た社員が「お客さまが〇〇で困っているそうです」と答えると「よし、なら自分が行ってくる」「いや、私が行きましょう」と、われ先に飛び出していきます。
お客さまから直接「ありがとう」と感謝される喜びが社員たちの前向きなエネルギーとなっている結果、こちらから指示を与えずとも社員たちは自ら進んで仕事をしてくれています。小口工事事業により、そんな好循環が生まれているのです。
荒木 恭司
島根電工株式会社 代表取締役社長
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