日本経済は過去30年間、ほぼゼロ成長が続き、給料がほとんど上昇していません。同じ期間、諸外国が経済規模を1.5倍から2倍に拡大させましたが、日本は低迷したままです。経済評論家の加谷珪一氏が著書『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)で解説します。

日本の「高度経済成長」は幸運だったから?

日本人が必死に努力したのは事実ですし、結果として高品質な製品を作ることができたのもその通りであり、筆者はこの事実を否定するつもりはまったくありません。しかし、日本人だけが必死に努力したわけではなく、米国人も韓国人も中国人もドイツ人も皆、必死に努力しているのは同じです。自分たちだけが努力しており、他の国民よりも優秀であるという価値観は少々危険といえるでしょう。

 

これは日本に限らず経済成長を実現したどの国にも当てはまることですが、経済成長できたのは、国民の努力によるものであると同時に、幸運に恵まれた面も大きいというのが現実です。戦後における世界経済の枠組みの変化が当時の日本社会とうまくマッチし、これが驚異的な成長をもたらしたのです。

 

筆者はかつて経営コンサルタントをしていた時期があり、経営学や企業経営の実態についてもそれなりに精通しているのですが、成功を続けている組織や実業家の考え方・振る舞いにはいくつかの共通項が存在します。そのひとつに「自身について幸運であると考える傾向が強い」というものがあります。

 

自身(あるいは自社)の成功について、幸運が作用していると考える人や組織は、結果として得られた資産やネットワークを大事にし、それを有効活用すべく、さらに努力を重ねます。一方、今得られている成果がすべて自分の力量によるものと考える人や組織は、自身が持つ資産を貴重なものとは見なさず、ムダに捨ててしまう傾向が顕著なのです。

 

世界最大の半導体メーカー米インテルのCEO(最高経営責任者)を長く務めた故アンディ・グローブ氏の口癖は、「パラノイア(偏執症)しか生き残れない」という苛烈なものでした。

 

日本の半導体産業は今や壊滅的な状況ですが、一方でインテルは、韓国や台湾の追い上げにもかかわらず圧倒的な競争力を維持しています。すべての面において盤石の体制にしか見えない同社ですが、グローブ氏は「いつ敵に叩きつぶされるか分からない」と、まさにパラノイア的に生き残りに固執し、慢心したり、驕るという感覚は1ミリも持ち合わせていませんでした。こうした感覚を維持できたからこそ、同社は今でも圧倒的なナンバーワンであり続けているのです。

 

個人や企業にそうした傾向が見られるのであれば、これらの集合体である国家全体についても同じことが言えると思います(ミクロとマクロは時に異なる振る舞いを見せることがありますが、基本的につながっています)。

 

詳細は本文で詳しく解説していきますが、戦後日本の成長は幸運によってもたらされた面が大きく、すべてが日本人の努力によるものではありません。逆に言えばそうだからこそ、私たちはこの事実を謙虚に受け止め、幸運によって得られた富を失わないよう、大切に生かしていく必要があると思います。そして、日本が成長できなくなった真の原因を突き止め、事態を改善していく努力が求められます。

 

「日本の成長は必然である」という発想は、裏を返せば「いつでも挽回できる」という話につながりかねませんし、場合によっては現状を過度に肯定する力学を生み出します。筆者はこうした風潮が蔓延する今の日本社会を憂慮しています。

 

本連載は「日本の高度成長は偶然によってもたらされたものであり、1990年代以降のゼロ成長についてはむしろ必然だった」との仮説を検証する目的で執筆しました。そして日本経済を回復させるための、真の処方箋について解説していきます。

 

加谷 珪一
経済評論家

本連載は加谷珪一氏の著書『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)から一部を抜粋し、再編集したものです。

縮小ニッポンの再興戦略

縮小ニッポンの再興戦略

加谷 珪一

マガジンハウス新書

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