空き家のはずの実家に、なぜか弟が住み着いて…
先日、筆者のもとに、山田さん(仮名)という女性が相続トラブルの相談に見えました。アメリカから一時帰国した合間の、多忙なスケジュールをやりくりしての打ち合わせでした。
山田さんは学生時代、交換留学でニューヨークに滞在したのがきっかけとなり、ニューヨークでの生活に憧れ、大学卒業後、再度ニューヨークにある別の大学に留学。その後は現地の広告会社に就職しました。いまは、同僚だったアメリカ人の夫と結婚し、永住権を取得して暮しています。
ずっとニューヨークで働き、家庭も築いている山田さんは、日本へは1年に1度帰省するかどうかであり、横浜の実家の状況について、しっかり把握できていないといいます。ただし、高齢の両親の介護も難しいぶん、実家のリフォーム資金や、父親の老人ホーム入居にかかる費用等の援助を続けてきました。
ここ数年はコロナ禍もあり、帰国が叶いませんでしたが、情勢が落ち着いたので、今回ようやく帰省したということでした。
「5年前に母が亡くなりました。その後、あんなにしっかりしていた父が急に弱ってしまって。そのため、老人ホームに入居することになったのです」
母が亡くなり、父が施設に入居したことから、実家は空き家のはずでした。
「ところが、無人のはずの実家に、なぜか弟が暮らしていたんです」
トラブルメーカーの弟が、両親のお金を使い込み!?
山田さんの弟は独身の会社員で、母が健在のときに、実家から1時間程度のマンションを購入し、そこで暮らしているはずでした。それが、いつの間にか実家に戻っていたのでした。
「弟がワンルームマンションに引っ越したのは、両親との折り合いの悪さが原因でした。弟は若いときから問題ばかり引き起こして、両親に何度もしりぬぐいをさせてきたのです。借金を繰り返したり、複数の女性とトラブルになったりなど、しょっちゅうでした。転職も繰り返していましたが、ここ数年は落ち着いたと父から聞いていたのですが…」
アメリカで生活し、両親の面倒を見られない山田さんは、両親のそばに暮らす弟に引け目を感じていたそうですが、実家に舞い戻って我が物顔で暮らす弟を見て、かねてより抱いていた不信感が再び膨れ上がったといいます。
「母の相続のとき、母の通帳から不審な出金の履歴が残っていたんです。恐らくキャッシュカードだと思うのですが、1回の額は小さいものの、積み上がるとかなりの金額です。弟に聞いてもシラを切るばかりで、結局追及できませんでした。ほかにも、相続手続きの際に渡した書類を返してもらえないなどもあり、弟の行動が信用できないのです」
山田さんからの依頼は、弟が両親の資産を使い込んでいないか調査してほしいというものでした。
「面倒を見てるよ、なんて調子のいいことを…」
山田さんの父親は実業家で、亡くなった母親は地主のひとり娘という背景から、実家はかなりの資産家です。ニューヨークに暮らす山田さんの援助は必要ないものと思われますが、離れて暮らす両親へ、娘からのせめてもの誠意だったのでしょう。
筆者が両親の資産の流れを調べると、山田さんが認識していたもの以外も、不審なお金の動きが見つかりました。
「〈大丈夫、パパとママの面倒はしっかり見てるよ〉なんて調子のいいことをいって…。年取った母のお金を好き勝手にしていたなんて許せません。状況によっては裁判を検討したいです」
母親の相続の件は、さらにお金の流れや不審な点を洗い出してからの解決を目指すことになり、情報収集にはさらなる時間が必要でした。そのため、まずに父親の相続対策に着手しました。
筆者は山田さんと一緒に父親の施設を訪問し、現時点で判明している弟の使い込みについて事情を説明しました。父親は黙って話を聞くだけでしたが、数日後、筆者の元へ山田さんの父親から直接電話があり、再び施設への訪問を求められました。
筆者と山田さんが一緒に施設を訪ねると、山田さんの父親は、
「私の財産は、すべて娘に相続させようと思います」
と口にしました。
山田さんの弟にはあらゆる問題の後始末を含め、十分なお金をかけてきたこと、家族を裏切るようなまねを繰り返しており、それに対して怒りがあること、なにより、父親の相続によって大金を得ることで、人生を持ち崩すのではないかと危惧していることなど、事情と心のうちを静かに話してくれました。
後日、長女である山田さんにすべての遺産を相続させる旨を明記した公正証書遺言を作成しました。
遺留分侵害をした遺言書を作ることは、違法ではない
山田さんの父親の相続人は、山田さんと弟の2人です。山田さんの弟は法律でいうところの「直系卑属」であるため、相続をしない旨の遺言書が残っていても、遺留分の主張ができます。
しかし、法定相続分であれば、山田さんの弟の取り分は2分の1のところ、遺留分では4分の1です。そのため、裁判で遺留分を請求されたとしても、遺言書を残したことにより、山田さんのほうに多く資産を渡すことが可能となります。
また今回の場合は、そもそも資金力のない弟が多額の費用と労力をかけて裁判をできるかどうか不明であり、もし裁判にならなければ、遺言書通りの結果に導けたといえます。
誤解されているケースも多いのですが、遺留分侵害をした遺言書を作ることは違法ではありません。
今回のように、遺産を多く渡したい相続人がいるのであれば、遺留分を侵害していた内容であっても、遺言書を残しておくことをおすすめします。
(※登場人物の名前は仮名です。守秘義務の関係上、実際の事例から変更している部分があります。)
山村法律事務所
代表弁護士 山村暢彦