物価が安く、気候が温暖なフィリピンでセカンドライフを送る年金生活者は少なくない。セブ島に住む岩渕夫妻も「北国から脱出」してきた一組で、現在、大雪に見舞われている秋田県の出身だ。雪の多い地域で高齢者が暮らす苦労は計り知れない。ここではノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、雪国で暮らす高齢者の実態、南国への移住を決める日本人の実情について解説していく。※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
「これ以上は無理だ」雪国で年金暮らし夫妻…セブ島での“越冬”を決めた決定的原因 厳冬期の2月になると、大館駅前には人の高さほどの雪が積もる(撮影:水谷竹秀)

「忙しさから解放」…岩渕夫妻がセブ島に渡るまで

岩渕夫妻は2012年12月上旬に大館市からセブ島へ渡った。冬の間だけでも南国の暖かい気候で暮らそうと、とりあえずはお試し期間を兼ねて海外生活を始めることにした。

 

35年暮らした大館市の自宅は、老朽化によって至る所にがたがきていた。娘二人はすでに自宅を離れて生活しているため、仮に修理をしても継ぐ人がいない。修理の費用対効果を考え、処分することに決めた。

 

北国ならではの冬の水道
北国ならではの冬の水道

 

純一さんは家の増改築などの仕事を自営でやっていたが、冬は建築関係の仕事が少なくなるためにしばらくお休み。弘子さんも直前までは、着物の帯などの古布を使い、かばんを作って販売し、展示会を開くという仕事に追われる日々を送っていた。

 

セブ島に来て以降はそんな忙しさから解放され、水泳をやったり同じ年金生活者と歓談したり、日本の友人に手紙を書いたりしている。

 

日本では日中、それぞれが仕事に出ているために顔を合わせることがなかったが、今では買い物に行くにもどこに行くにも二人一緒だ。そんな生活に、「こんなにのんびりしていていいのだろうか」と逆に不安を感じるという。

 

海外移住を意識し始めたのは、日本でバブルが崩壊した直後のことだった。きっかけは、旅行先のマレーシア、ペナン島で見た星空に心を打たれたためだ。星が降ってくるような夜空に思わず純一さんは「こんな所に住めたらいいね」と弘子さんに語り掛けた。

 

純一さんは回想する。

 

「秋田では見られない夜空でしたね。ホテルのプライベートビーチをぶらぶら散歩しながら、吹く風も心地よく、それがすごく印象に残りました。その頃はただ漠然と、住めたらいいなあという程度で。海外に住むことが具体的になったのは最近です」

 

大館市の自宅でテレビを見ていると、海外で生活する高齢者たちの番組がよく放送されていた。当初はぼんやりとした思いだけだったが、徐々に海外移住を現実的に考え始めた。

 

日本で生活を続ければ、年齢とともに雪かきは辛くなる。自宅の屋根は勾配が急で、雪が積もると屋根に面する道路にドサッと落ちる。除雪機を使い、広場まで運ばなければならない。そんな冬を35年も過ごしてきた。

 

そして2012年2月上旬、ある出来事が起きた。