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「幸せは金じゃない?」フィリピンの町中を眺めると
縫製工場で働き始めた吉岡さんが現在の妻、ロナさんと出会ってからは、しばらく安アパートで一緒に暮らしていた。しかしロナさんの妊娠を機に出産費用を貯めるため、彼女の実家があるスラムへ転がり込んだ。
生活費は、縫製工場で稼ぐ日当200ペソ(約540円)で何とか賄っている。近くの雑貨屋ではつけで買い物をし、工場にも借金があるため、吉岡さんの金回りは常によく分からない。
※現地の物価は本書が刊行された約6年前のもので、フィリピンペソの日本円換算レートは2015年7月現在(1ペソ=約2.7円)のレートで計算しています。
ある時は10ペソ硬貨と1ペソ硬貨4枚の計14ペソ(約40円)しか手持ちがなかったり、1週間単位で入る給料も、つけの返済に充てて残りわずかということが往々にしてあった。それでも日当200ペソで、雑貨屋などに借金をしながら、生活が成り立っているとまでは言えなくても、何とか生きることができているのだ。
取材を始めた頃、吉岡さんは自身の状況についてこう説明した。
「日本のほうが生活面では快適だけど、規則で縛られる社会は窮屈だし、幸せではなかったね。今のほうがずっと幸せです。幸せは金じゃない。フィリピンはわずかなお金でも大勢の家族で一緒に暮らしている。そういう家族のつながりがこの国のいいところ。
でも日本では結婚すれば親元を離れるじゃないですか? それで年に1回ぐらいしか会わない。だから人のつながりが薄いんですよ」
フィリピンでは例えばスーパーや露店で買い物をする際、レジ打ちの店員や売り子としばしば会話が弾むが、日本のコンビニだったら挨拶すら交わさず、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」といったマニュアル通りのやり取りで終わる場合が大半だ。
商店街などの個人経営の店に行けば、天気の話をしたり、値引きやおまけといった心温まる場面もあるだろうが、地方ならまだしも、都市部では珍しい。
同じコンビニでもフィリピンで私がよく行く店舗では、執筆作業で徹夜明けにビールを買うことがある。そんな時、店員は、「また朝食にビール?」と笑いながら声を掛けてくるのだ。
ある時は同じコンビニで、店員が大声で歌を歌いながらレジ打ちをしていた。別のコンビニでは子供がレジに立ち、母親の女性店員に教わりながら代理でレジ打ちをしていた。
フィリピンに長年住んでいる私でもこういった場面に出くわすと、ホッと一息つく時がある。物事にそんなに深刻にならなくてもいい、これでいいのだと思わせてくれる心の余裕が確かにそこに存在している。