中国が直面する「中所得国の罠」とは?
経済成長を決定する要素は、次の3つである。(※1)
A:技術(技術が向上するほど、経済は成長する)
K:資本(資本の投入量が多いほど、経済は成長する)
L:労働(労働力の投入量が多いほど、経済は成長する)
(※1)GDPをYとすると、Y=A・f(K、L)。これは経済学で生産関数(Production Function)と呼ばれるもので、よく知られているコブ・ダグラス型生産関数は、Y=A・Kα・Lβ(α+β=1、α=資本分配率、β=労働分配率)。
まずは、「A:技術」について説明する。
技術革新については、アジア諸国のような中進国(=中所得国)が直面する宿命にある「中所得国の罠」と、先進国が直面し、世界経済に影響を及ぼしている「大停滞」(後述のコーエン教授による用語)の2つを論じる必要がある。
「中所得国の罠」(Middle-Income Trap:中進国の罠とも)とは、安い労働力などによる輸出競争力が他の途上国の追い上げで低下する一方で、技術水準が先進国と競争できるレベルにないため、経済成長が鈍化する現象のことであり、要するに、先進国と競争できるだけの技術水準を有する国にならない限り、成長に限界が生じるということだ。
だが、これまで中所得国の罠を突破して、日米欧と比肩し得るレベルに達したという実例はほとんどない。
次の、「大停滞」についてだが、ジョージメイソン大学のタイラー・コーエン教授が、著書『大停滞(Great Stagnation)』で述べた「アメリカは容易に収穫できる果実を食べつくしてしまった」という指摘は、アジア経済を見る上でも重要である。食べ尽くしてしまった収穫し易い果実とは、例えば次の2つのようなものである。(※2)
(※2)コーエン教授は、これらのほかに経済成長を牽引してきたイノベーションが停滞気味であることを指摘している。
A:優秀なのに教育を受けられなかった子供が仕事で大活躍してくれて、簡単に大きな成果を実現できる。
B:所有者がいない未開の土地を手に入れれば、簡単に大きな成果を実現できる。
中国社会科学院副院長・蔡眆氏の指摘を思い出した方もいるかもしれない。蔡眆氏は、中国の成長率鈍化の要因は、下記の3つにあると言う。(※3)
(※3)例えば、蔡眆「中国、成長持続へ『二子』解禁」「日本経済新聞」2016年1月29日<経済教室>などで、中国の成長率鈍化の要因について述べている。
①労働力不足と賃金コスト上昇
②人的資本の質的向上の緩慢化
③資本収益率の低下
④農業部門の労働力の移転速度低下
このうち①は、「中所得国の罠」が中国に生じていることを示している。②は、教育の普及や識字率向上による人材の質が向上という成長加速要因がスローダウンしているとの指摘で、コーエン教授のAと同種の指摘である。
④は農村から都市部への人口移動の鈍化による労働力不足で、これは経済学上の「ルイスの転換点(Lewisian Turning Point)」と呼ばれる現象である。ルイスの転換点を迎えると労働力が不足して賃金が上昇し、これが「中所得国の罠」をもたらす。
アジアの経済は「労働力」だけに頼っている!?
次に「K:資本」と「L:労働」についてだ。
アジアの大半の国も世界の多くの国も、資本の投入量を増やしても、高度経済成長が再来するとは言えない状況にある。中国でもアセアン諸国でも、「資本投入量を増やして高度成長を取り戻そう」という議論は見られない。
技術、資本、労働力という3つの要素のうち、技術と資本には期待できないとなると、残る要素は労働力だけなので、経済状況は人口動態だけで決まることになる。現在、全世界の多数の国々がこの状態に立ち至っている。すなわち、
●人口ボーナスの期間には、高度経済成長が生じやすい。
●だが、人口ボーナスは必ずいつか終了し人口は高齢化するが、高齢化状態は元に戻らず、半永久的に継続する
●その後も大きな技術革新があれば、それは経済成長を促す要因になり得るが、そうでない限り経済は停滞する。
人口動態の予測は容易である。出生率や死亡率は、短期間に大きく変化しないからである。「ニューズウィーク」(2011/8/31)の特集も、「世界第2の経済大国(=中国)が中進国どまりな理由」は人口ボーナス終了だとしている。
次回は、人口ボーナスとは具体的にどのようなものなのかを説明する。