家の中にいた「赤ん坊を抱えた吉岡さん」のひと言
コンクリート造りの家に入ると、タンクトップ姿の吉岡さんが赤ん坊を両腕に抱えている。白い肌はつるつるしていて血色が良く、ふっくらとした顔は目を大きく見開いている。
「お久しぶりです」と私が挨拶すると、無表情に吉岡さんも応じた。そしてひと言発した。
「たばこが値上がりし、家計にすこぶる響いています」
フィリピンは当時、たばこ税が引き上げられたばかりだから、そのことを言っているのだろう。
容態が悪化した子供についてはその後、勤務先の縫製工場に借金をし、何とか助かったというのだ。医療費は総額7000ペソ(約1万8900円)だが、日当200ペソの吉岡さんにとっては大金である。
いずれにしても子供はすくすくと育っているようだったが、いつ何時、また命の危険にさらされるかもしれない。
お金があれば必ずしも幸せになれるとは限らないが、お金がなければ子供が不幸に陥る可能性があったことは否定できない。
水谷 竹秀
ノンフィクションライター
1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業後、カメラマン、新聞記者などを経てフリーに。
2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。他に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)など。
10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材している。