(※写真はイメージです/PIXTA)

傍から見たら無謀とも言える目標を掲げ、果敢に挑む人がいる。非凡を貫くその姿勢に、私たち凡人は羨望と戸惑いの目を向ける。予備校講師から医大受験に挑戦した朽木律子氏のここまでの人生もまた、平凡とは言い難いものだった。受験の結末と、その後の波乱に満ちた日々を語ってもらった。

愛ってすごい

彼は顔面だけの男性ではなかった。まったく日本語ができないのに日本へやってきた彼も彼だが、日本語学校に毎日きちんと通い、何回も試験に落とされながらバイクの免許を取り、自動車学校に通って車の免許も取った。私がすすめたカイロプラクティックの学校にも通って3年かけて修了書を得た。

 

海の近くに住んでいたので、彼は夜釣りによく出かけた。天才的な釣りの腕前で太刀魚や黒鯛をよく釣ってきてくれた。その上、それをさばいて料理も作ってくれた。「謎の外国人、黒鯛を次々と釣る!」と釣り雑誌に載るほど。

 

その上、友人の多いこと。釣り仲間を次々と作り、「東山一家特攻隊隊長」というステッカーを釣り箱に貼り付けていた。私もステッカーをもらった。「東山一家救護班」と書かれた勘亭流のステッカーを。

 

彼はその上オークションにもはまり、中古の竿を物色しはじめていた。バリ島で安物の竿を使い、自分で釣針を調整していた彼にとって、日本の釣り道具の性能の良さ、あらゆる種類に分けられて釣針が売られていることに大感激していた。そりゃ、道具がよければすぐ釣れるわけだ。がまかつが好きで、帽子もジャケットもがまかつを落札していた。全身がまかつで揃えたインドネシア人…。そりゃ雑誌にも載るわ…。

 

とにかく彼は日本に適応し、私もインドネシア語会話をマスターした。愛ってすごい。

「ただいま! 彼と入籍しました!」両親の反応は…

医学部3年からは実際の医学教育が始まり、ようやくまともに勉強が頭に入ってきた。順調に勉強と愛を育み、私は国家試験に合格し医師になった。ようやく人の役にたつ人間になれる。

 

国家試験に受かったら入籍しようと約束していたので、受かった翌日に籍を入れた。そして大事なことを忘れていたことに気づいた。

 

両親に何も言ってない!

 

両親の頭は古いOSを搭載しているので、まぁ反対されるだろうと思って、彼のことを伝えていなかった。いや、しかしこのまま一生過ごすこともできない。よし、彼を両親にぶつけてみよう。

 

「ただいま! 彼と入籍しました。名前はイダバグースです!」

 

両親の目は散瞳していた。かろうじて心臓は動いているようだった。
 

 

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