日本人にとっては衝撃、ルワンダ人にとっては日常…「お客様第一号」の正体
スタッフと仕込みをしていると、キャッシュカウンターのあたりに誰かが来たことに気づいた。お客様第一号ご来店!と一瞬沸き立ったのも束の間、何だか様子がおかしい。いらっしゃいませ、と声をかけると、ルワンダ人の若い男性二人組は、店内をキョロキョロ見回しながら、「ドリンクは何があるの?」と聞いてくる。
二人ともジーンズをはき、首からは、いかついネックレス。キャップをかぶっていて、品のいい身なりとは言いがたい。レストランの会計業務を任せているエブリンが、ルワンダ語で奥にいる男のシェフに声をかけつつ、表の警備員を呼びに行く。
店側が警戒心を見せると、男性二人組はそそくさと出て行った。
「泥棒だねぇ」
エブリンは、またいつものように平然と言った。
「え? アー・ゼイ・シーブズ?」
「イエス、ゼイ・アー。ゼイ・アー・シーブズ」
中学生の英文法の練習問題のように、数回繰り返してしまった。こんな風に泥棒が来るの!?と驚きを隠せない私に、エブリンは「そうよ、泥棒よ、何を驚いているの?」という感じだ。
ルワンダは、治安がいい。虐殺以降は凶悪犯罪が少なく、外国人を標的にしたような殺人事件や強奪事件も、国境付近はまだしも首都キガリではほとんど前例がない。ただし、泥棒やちょっとした詐欺は、日常茶飯事だ。また、外国人は盗みのターゲットになりやすい。それでも、近隣国で凶悪犯罪が頻繁に起きていることを考えれば、人を傷付けずにただこっそり盗むだけなんて、なんて控え目なんだと思わざるを得ないのだけど。
そんな背景もあり、ルワンダの飲食店には二十四時間張り付いている警備員がいることが一般的だ。飲食店に限らず、オフィスや商業施設、外国人や富裕層が住むような一般家庭でも、門には必ず門番、つまり警備員がいる。アジアンキッチンも、大手警備会社と契約し、警備員を朝晩交代で派遣してもらうことにした。
警備会社に支払う額はなかなかのものだったが、聞くところによると、雇われで働く警備員の手取りは、どうやって暮らしていくんだというような額だ。しかも、支払いが滞ることもざら。副業をせざるを得ず、日中は別の場所で働き、夜は警備員として働くが、夜間勤務中にグーグー寝ている、といったような警備員ばかりだ。
当店に派遣されている警備員には、毎日のようにこう懇願される。
「ボス、何か直接仕事をください。ライフ・イズ・ノット・イージー」
そりゃあ、そう言いたくもなるはずだ。でも、直接雇用に切り替えるのは、契約違反なのでできない。せめてもと、スタッフが食べているまかないを警備員にも分けることにしたら、とっても喜んでいた。そんな当店の警備員は、泥棒が来た時に何をしていたかというと、ストリートチルドレンを追い払うのに忙しかったようだ。
キガリでは、恐らく行政の管理が行き届いているのだろう。特に大通りでは、ストリートチルドレンを見かけることはあまりない。ただ、例の二人組が来た時は、同じタイミングで複数のそれらしき子どもが店に入ろうとしていて、警備員がそちらに気を取られてしまっていたというわけだ。たまたまかもしれないし、グルだったのかもしれない。わからないが、とにかく注意しなくっちゃ。
開店早々、気にしないといけないのが泥棒だというのはなんともトホホ、という気持ちだったけれど、年が明けると、徐々にお客さんが増えていった。最初は、噂を聞きつけた知人やその知人が多かったが、またそこから少しずつ新しいお客さんへと広がっていった。
唐渡 千紗
ASIAN KITCHEN オーナー