脱サラして一念発起、突如「異国の地ルワンダ」でASIAN KITCHEN(アジアンキッチン)を開業した、シングルマザーの唐渡千紗氏。今夏、重版された書籍『ルワンダでタイ料理屋をひらく』(左右社)では、同氏が経験した「珍事の連続」が赤裸々に語られています。「当たり前の品質を当たり前に提供」するだけで差別化となる、日本では考えられない実態とは!?
「今日は売れない気がして、仕込んでないです」のんびりルワンダ人たちとのレストラン営業 ルワンダの首都・キガリの風景(※画像はイメージです/PIXTA)

「何をそんなに生き急いでいるのだ……⁇」ポカーンとするスタッフ

アジアンキッチンは、気取って食事をする高級店じゃない代わりに、当たり前の品質を当たり前のようにお届けすることにはこだわりたい。実は、それだけでも差別化になると思っている。

 

なぜならルワンダでは、注文から当然のように一時間はかかる、別に混んでいるわけではないのに、コーヒー1杯に20分も待たされる、ということは全く珍しくない。日本では考えられない話だが。アジアンキッチンは立地としても、近くのオフィスで働く人がランチタイムにサッと食べに来るような場所でもある。テキパキと急いで提供したい。

 

でも、シャカリキになって動き回る私とは対照的に、スタッフはみなのんびりとしている。「いらっしゃいませ!」と、お客さんを元気にお迎えし、会話をしながら注文をとる。その注文を伝えに早歩きでキッチンへ行くと、「いや、みんな、起きてる⁉」と言いたくなるくらい、非常にのんびりとした雰囲気。勝手にその辺に座っているスタッフは、私からの注文を聞いてようやく、よいこらせ、と腰を上げる。

 

あぁぁ……。でもそんな状況になることも織り込んで、仕込みでできることはなるべくやっておく、というオペレーションにしているのだ。……ってあれ? 仕込んだものが見当たらないぞ。

 

「仕込んだアレは?」と私がシェフのアラファトに聞くと、「あ~、今日は売れない気がして、仕込んでないです」と平然と答える。一瞬絶句しつつ、「勝手に決めないで! ちゃんと決められた数、仕込みをする! あ~もう、今からだと時間かかっちゃうじゃん! 早く! 急いで!」と焦る私を尻目に、他のスタッフは呑気に芋を剝いている。「この料理、ジャガイモ使わないから!」と指摘する私に、スタッフはこれまた平然と「あ、これまかないのです」とのたまう。「後! そんなの、後‼」

 

アラファトには私の焦りが伝わったのか、彼は急いで火をつけ、すごい勢いで鍋を振り出した。けれども、いやいや、待って待って。

 

「そうじゃなくて! 食後に持ち帰りでっていうオーダーから作ってどうするの!」

 

怒っていてもしょうがない。時間を稼ぐために、ホールへ戻りお客さんと世間話を続ける。あれこれネタを振り続け、だいぶ会話も引っ張ったところで、さすがに一品くらいできただろうと厨房へ戻ると、あぁぁ、何か全然違うものができている。もう私倒れそう。

 

キッチンは戦場だ。と言っても、奮闘しているのは私一人。スタッフののんびりした一挙手一投足を見ていられなくて、「いや、違う、早く、もっと早く、違うそうじゃない、もういい、私がやるっ、どいて‼」となるのがお決まりのパターンだ。

 

「一つの商品を提供するのに、こんなに時間かかってたら、私がお客さんなら、こんなレストラン、ネバー・カムバック・アゲインね!!!」とハァハァ息を切らしながら言うと、スタッフは、ポカーンとして私を見つめる。「このムズングは、何をそんなに生き急いでいるのだ……⁇」とでも言わんばかりの顔つきだ。

 

※ アフリカ系以外の人種のことを指す言葉。

 

ルワンダではとにかく時間の流れが日本と違う。街を見回してみても、まず人々の歩く速度が違う。かなりゆっくりだ。そもそも歩くことすらせず、ただただ何時間もボーッと道端に座っている人も珍しくない。そう、特に急いでいないのだ。急いでランチをとったところで、その後に用事が詰まっているわけでもない。