脱サラして一念発起、突如「異国の地ルワンダ」でASIAN KITCHEN(アジアンキッチン)を開業した、シングルマザーの唐渡千紗氏。今夏、重版された書籍『ルワンダでタイ料理屋をひらく』(左右社)では、同氏が経験した「珍事の連続」が赤裸々に語られています。予測不可能なことばかりするスタッフたちを前に、「日本を忘れる修行」を決意することに……。
経理担当が「お金を無邪気に着服」ルワンダで怒涛のレストラン経営 ルワンダの首都・キガリの風景(※画像はイメージです/PIXTA)

「お客さんもいないので。これって何かプロブレムで……?」

店ではいつもびっくりするようなことの連続なので、店を留守にするのは不安で仕方ない。でも外での用事もそれなりにある。そんな時は用事を全速力で片付けて、と言ってもそれもまた全然片付かないのだが、とにかく蹴りをつけて急いで店へ戻る。

 

ある日、いつものように足早に店へ戻ると、ダイニングにある中央の椅子に、スタッフのアレックスが悠々と腰掛けているではないか。びっくりしながら、私はすぐさま彼のもとへ詰め寄る。

 

「なんでそこに座ってるの⁉ ありえない! この椅子は、あなたが休憩するための椅子じゃないし、そもそも休憩時間じゃないでしょうが!」

 

「え……? ここに座ったらダメだったんですか……? 知りませんでした」

 

私の剣幕に、アレックスのくりくりした目が、さらに真ん丸になった。キョトンとはまさにこういう表情だ。なんで怒られたのか全くもってわかっていない様子で、まだ座ったままだ。

 

アレックスは、とっても小さな顔に、手足はすらっと細く長く伸び、身長は180センチを優に超える。笑うと口元からのぞく綺麗に並ぶ白い歯がまぶしい、感じの良いウエイターだ。そして、頭がいい。例のロールプレイング※1でも、正しい伝票を作成することのできた、たった2人のうちの1人だ。

 

※1 アジアンキッチンオープン前におこなわれた、ホールスタッフ候補者のトレーニング。注文内容を正確に理解できるか、伝票を自分で計算して作成できるかを見るために、メニューを用意し、お客さん役をする筆者とやりとりするというもの。伝票政策を正確にできた人は、約10名の候補者の内2人のみであった。

 

そんなアレックスだが、ウエイターが客席で寛ぐことに全く違和感がないようだ。

 

「お客さんもいないので、座っていました。これって何かプロブレムで……?」

 

あぁ、そこからか……と、私は頭を抱えそうになった。

 

でも確かに、ルワンダではよくある光景だ。飲食店に行き、あれー? 店員さんいないなぁ、なんて思いながら、とりあえず空いているテーブルにつく。すると隣のテーブルで寛いでいる人がおもむろに、ヨイコラショと腰を上げて「いらっしゃいませー」なんて声をかけてきて、「えっ、あなた店員さんだったの⁉」とびっくりする、なんてことは往々にしてある。彼らの文化としては、普通なのだ。うーん。どう言えば伝わるか、私は少し悩んだ。でも、きっぱりと言った。

 

「とにかく、この店では、客席に座るのはナシね。お客さんがいないからって、ダメ。お客さんがいなくても、やることはいくらでもあるでしょう。あそこの椅子は出しっぱなし、ここにゴミも落ちてるし。メニューも片付けられてないじゃない」

 

そう矢継ぎ早に伝えると、アレックスは、あまり納得がいっていないようだったが、ようやくその重い腰を上げた。