「お客さんもいないので。これって何かプロブレムで……?」
店ではいつもびっくりするようなことの連続なので、店を留守にするのは不安で仕方ない。でも外での用事もそれなりにある。そんな時は用事を全速力で片付けて、と言ってもそれもまた全然片付かないのだが、とにかく蹴りをつけて急いで店へ戻る。
ある日、いつものように足早に店へ戻ると、ダイニングにある中央の椅子に、スタッフのアレックスが悠々と腰掛けているではないか。びっくりしながら、私はすぐさま彼のもとへ詰め寄る。
「なんでそこに座ってるの⁉ ありえない! この椅子は、あなたが休憩するための椅子じゃないし、そもそも休憩時間じゃないでしょうが!」
「え……? ここに座ったらダメだったんですか……? 知りませんでした」
私の剣幕に、アレックスのくりくりした目が、さらに真ん丸になった。キョトンとはまさにこういう表情だ。なんで怒られたのか全くもってわかっていない様子で、まだ座ったままだ。
アレックスは、とっても小さな顔に、手足はすらっと細く長く伸び、身長は180センチを優に超える。笑うと口元からのぞく綺麗に並ぶ白い歯がまぶしい、感じの良いウエイターだ。そして、頭がいい。例のロールプレイング※1でも、正しい伝票を作成することのできた、たった2人のうちの1人だ。
※1 アジアンキッチンオープン前におこなわれた、ホールスタッフ候補者のトレーニング。注文内容を正確に理解できるか、伝票を自分で計算して作成できるかを見るために、メニューを用意し、お客さん役をする筆者とやりとりするというもの。伝票政策を正確にできた人は、約10名の候補者の内2人のみであった。
そんなアレックスだが、ウエイターが客席で寛ぐことに全く違和感がないようだ。
「お客さんもいないので、座っていました。これって何かプロブレムで……?」
あぁ、そこからか……と、私は頭を抱えそうになった。
でも確かに、ルワンダではよくある光景だ。飲食店に行き、あれー? 店員さんいないなぁ、なんて思いながら、とりあえず空いているテーブルにつく。すると隣のテーブルで寛いでいる人がおもむろに、ヨイコラショと腰を上げて「いらっしゃいませー」なんて声をかけてきて、「えっ、あなた店員さんだったの⁉」とびっくりする、なんてことは往々にしてある。彼らの文化としては、普通なのだ。うーん。どう言えば伝わるか、私は少し悩んだ。でも、きっぱりと言った。
「とにかく、この店では、客席に座るのはナシね。お客さんがいないからって、ダメ。お客さんがいなくても、やることはいくらでもあるでしょう。あそこの椅子は出しっぱなし、ここにゴミも落ちてるし。メニューも片付けられてないじゃない」
そう矢継ぎ早に伝えると、アレックスは、あまり納得がいっていないようだったが、ようやくその重い腰を上げた。